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映画の哲学  [翻訳]

  以下は、「映画の哲学(Philosophy of Film)」(http://plato.stanford.edu/entries/film/}の試訳である。




「   映画の哲学   



 映画の哲学は、現代の芸術哲学の急速に発展を遂げている一分野である。20世紀の最初の数十年間でこの新たな芸術形式の研究を真っ先に公表した学者の中には哲学者もいたのに、この分野はそれほどの発展を遂げなかった。しかし、1980年代になってようやく新たな動きが見られるようになった。この分野が最近になって発展したことには多くの理由がある。ここでは、アカデミックな哲学においても、映画一般の文化的な役割においてもいろいろな変化が起こったために、哲学者は映画を、劇場や舞踏や絵画といったより伝統的な芸術形式と同列の芸術形式として真剣に受け取らざるを得なくなった、と言うだけで十分である。哲学的な考察のテーマとしての映画に対する関心がこれほど高まった結果として、映画の哲学は今や美学における重要な研究分野となっている。


 この「映画の哲学」という項目は、映画の哲学にとって中心的な多くの問題をめぐって書かれている。これらの問題は芸術の一媒体としての映画の様々な側面を探求するものであり、映画の哲学の内部で提起された関心がどれほど広いかを具体的に表わすものである。



1.映画の哲学という観念
2.映画の本質
3.映画と作家性
4.感情的なかかわり
5.映画のナレーション
6.映画と社会
7.哲学としての映画
8.結論と今後の展望 






1.映画の哲学という観念


 具体的な問題に立ち入る前に、議論しておく必要のある映画の哲学の二つの特徴がある。一つは、この分野に多大な貢献してきたのは専門的な哲学者ではない映画学者であるということだ。( Chatman (1990)やSmith (1995)を参照せよ)。こういう事情があるために、この分野はほかの多くの哲学の分野と趣きを異にしている。物理学者が科学哲学についての論文を書くことはしばしばあるが、物理学の哲学というアカデミックな分野は専門的な哲学者によって占められている。しかし映画の哲学ではそうなってはいない。結果として、私が使う「映画の哲学者」という語は、映画についての理論的な問題に関心をもつすべての人を含むという意味で、とても幅の広いものとなる。


 第二の特徴は、映画研究(film studies)――それ自体、すでにアカデミックな研究の制度化した分野ではあるが――の内部に、映画理論(film theory)という下位分野があり、それは映画の哲学とかなり重なり合っているが、その大多数は英米系の「映画の哲学者」とは非常に異なった哲学的な前提に立っているという点である。この項目では、映画の哲学という見出しのもとに私は両方の分野を含めるつもりではいるが、私はおもに英米系の理論家の業績に焦点を当てるつもりだし、時としてこの分野を、映画研究の分野内で行われている映画理論から区別するつもりでいる。一つの学問としての哲学の特徴の一つは、自分自身の本質と根拠を問いかけることにある。実際、映画の哲学が問いかけなければならない最初の問題は、それ自身の存在の根拠なのである。そこに含まれる問題とは、この分野がいったいどのようなものであるべきかという問題のみならず、そもそもそれが存在する理由を何かもっているかどうかという問題でもあるのである。


 映画研究という大義名分のもとで行われている経験的な映画研究に加えて、それとは別の哲学の分野が映画をテーマにする必要性が何かあるのだろうか? この問いは哲学者からしかるべき注意を必ずしも受けてこなかったが、実はこの問いはどうしても必要な問いなのである。なぜなら、その問いは哲学者たちに、映画に対する最近の関心を、とても人気のある大衆文化の一つを時流にのって自分たちの領域に組み込む以上のことして正当化するように求めているからである。


 しかしある意味で、哲学者は映画に対する関心を正当化する必要はないのである。なぜなら哲学的な美学は芸術一般のみならず特殊な形態の芸術に対する関心を常に抱いてきたのであるから。アリストテレスの『詩学』――それはギリシア悲劇の本性を説明するための作品だった――に始まり、哲学者は、自分が属する文化の重要な芸術の特性を説明しようと努めてきた。この観点からみれば、音楽の哲学や絵画の哲学の存在――これら二つは美学を構成するものとして十分受け入れられている分野である――を疑問視する理由がないのと同様に、映画の哲学の存在を疑問視する理由は何もないのである。映画は現代の世界における重要な芸術形式なので、哲学にはその本性を研究する責任があると判断してもいいとさえ言えるのである。


 しかし、映画の哲学という一個の学問分野があるのは問題だと思わせるような理由がいくつかある。映画研究がすでに映画研究という分野としてアカデミズムの中に制度化されているのだから、そしてその分野は映画理論という別個の下位分野を含んでいるのだから、文学や音楽とは違って、映画にはすでにこうした制度的な基盤がしっかりできているように思われる。この観点からみると、映画の哲学なるものは、別の分野がすでに切り開いた空間を占拠することになるのだから、余分なものだということになってしまうのである。


 問題は、映画研究の内部にある映画理論という下位分野は、多くの英米系の哲学者が共有しない理論的立場によって支配されてきたという点である。したがって、英米系の多くの哲学者はこの分野の映画の理解にマイナーな変更を加えるだけでなく、映画理論そのものの疑わしい前提を共有しない新しい始まりを映画研究のうちに作ろうという必要性を感じてきた。こうした理由から、そして先に述べた映画を美学内部の正当なテーマとして扱うという観点からも、彼らは映画についての哲学的な思考様式を発展させることが重要であると感じてきた。


 しかしひとたび映画の哲学に美学の独立した下位分野としての自立性を認めると、その形式についての問いが生じてくるのである。つまり、哲学者は、映画の哲学が一つの研究分野としていかに構成されるべきかという問題に関心を寄せる。この分野では映画の解釈にどんな役割があるのか? 特定の映画の研究は映画という媒体そのものについてのもっと理論的な研究とどのように関係するのか? そして、映画について哲学的に思考する流行のあり方だが、映画の中にある哲学についてはどうだろうか ?  この新たに活気づいた哲学研究の領域を特徴づけるためにもちいられる統一的なモデルは存在するのか ?



  映画の哲学について次第に人気化しつつある思考様式は、映画を科学的な理論に基づいてモデル化することである。このような提案の詳細については意見の一致は見られないけれども、その支持者によると、映画研究は、理論と証明を適切に関係づける科学的な学問として扱われるべきである。ある人々にとってこのことは経験的に映画の解釈を集めてきて、それによってより広い理論的な一般化を生み出すことを意味する。別の人々にとってそれは、一群の小規模な理論を発展させ、それによって映画の様々な側面やわたしたちの映画経験を説明しようと試みることを意味する。ここでの焦点は、映画の様々な特徴をとらえるモデルあるいは理論を展開することなのである。


 映画の哲学という分野を自然科学に基づいてモデル化するという考え方は、認知的な映画理論を唱える人々の間で有力視されてきた(Bordwell and Carroll 1996; Currie 1995)。この急速に広がったアプローチは、伝統的な映画理論が無意識的なプロセスに焦点を当てるのとは対照的に、観客の意識的な映画の加工を強調する。概して、これらの理論家は映画理論を一種の科学的な試みと見る立場に傾斜している。



 映画の哲学が科学的なモデルに基づいてモデル化されるべきだという考え方は、多くの立場からの反論を受けてきた。ある哲学者は、ウイリアム・ジェームズのようなプラグマティストの著作に依拠して、哲学者が映画について考察するときに何をしているのかを考える有益な方法が自然科学によって提供されていいのかと疑問を呈した。つまりここには、一般的な映画理論に向かおうとする動きとは対照的に、芸術作品としての映画の特殊性が強調されるわけである。別の哲学者は、後期のヴィトゲンシュタインや解釈学の伝統を利用して、映画を哲学的に考察するためにはそうした自然科学的な方向性は不向きだという疑問を呈した。この陣営は、映画研究というものを、自然科学に同化されると誤解されてしまう人文的な学問と見なしているのである。



  映画の哲学がどうであるべきかについての論争はまだ始まったばかりである。これは、映画の哲学についての科学的な考え方が競合相手として登場したのはごく最近のことだからである。しかし、映画に対する認知的アプローチがますます人気化しているにもかかわらず、映画の哲学の構造にはまだ解決されていない根本的な問題が存在している。




2. 映画の本性



 哲学的な映画研究の初期に支配的だった問いは、シネマ――これは、映画が製作・配給・封切られる制度的な構造を強調する言葉だったが――が芸術形式として見なせるかどうか、というものだった。シネマは芸術という名誉ある称号にふさわしいとは思われていなかったのだが、それには二つの理由があった。第一の理由は、初期の頃には、ヴォードヴィルののぞき見ショーやサーカスの幕間劇などで映画が上映されたことが挙げられる。大衆文化である以上、映画には通俗性があるので、演劇や絵画やオペラや、それ以外の芸術と同類と見なされるには不向きであるように見えたのである。第二の問題として、映画は、他の芸術形式からあまりにも多くのものを借用しているように思われたことが挙げられる。多くの人にとって、初期の映画は舞台演劇か日常生活の記録以上のものではないと思われた。映画を舞台演劇の記録と見なす根拠は、映画というものは、舞台上の演技を見ることができる人々よりも多くの観客に提供できるものであるから、というものだった。しかし、そうなると、映画は芸術への接近手段にすぎないものとなり、それ自体独立した芸術形式ではないことになってしまう。他方で、映画が日常生活の記録となると、それは生活をあまりに直接的に再現するものになってしまい、もはや芸術と見なすことはできなくなってしまう。主導的な意識による媒介がほとんどないように思われたからである。



 映画は独立した芸術形式として考察されるに値するという主張を正当化するために、哲学者は映画の存在論的構造を研究した。そこにある希望は、映画が他の芸術とは著しく異なっていることを明瞭にする映画の捉え方を創り上げることだった。この理由から、映画の本性に関する問いは、[「映画の哲学」の]古典期と呼んでいい時代の理論家にとって決定的に重要な問いであった。


 映画という新しい芸術形式についての論文を書いた最初の哲学者であるヒューゴー・ミュンスターバーグは、物語を提示するうえで映画が利用する技術的デバイスによって、映画の独自性を求めようとした(Munsterberg 1916)。フラッシュバック、クローズアップ、およびモンタージュなどが、映画製作者が物語を提示するために採用する(しかし演劇にはない)技術的手段の例である。ミュンスターバーグにとって、こうした手段の使用によって、映画は、演劇から区別されるのであった。

  ミュンスターバーグはさらに続けて、映画が物語りを展開していく上でこれらの技術的手段が果たす役割を観客がいかに理解できるか、という問いを立てた。彼の答えは、これらの手段はすべて心的なプロセスの対象化である、というものだった。たとえば、クローズアップは、何かに注意を向けるという心的な行為に対応するものを視覚的な形で提示するのである。観客は自分の心の働きにはなじんでいて、クローズアップを見るときその対象化された心的機能を認識できるので、そうした映画的手段がどんな働きをするかを自然に理解できるのである。ミュンスターバーグの理論のこの側面のために、彼は現代の認知的な哲学者に結びつけられるが、彼は、自分が見ているものが対象化された心的機能であることを観客がいかにして知るのかを説明してはいないのである。

 ミュンスターバーグがあの論文を書いたのはサイレントの頃だった。やがて画面と同調するサウンドトラック――いわゆる「トーキー」――が出現し主流になるにおよんで、映画は根底的に変わっていった。この重大な技術革新が興味深い理論的反省を生み出したことは驚くに当たらないことである。


 著名な芸術心理学者のルドルフ・アルンハイムは、トーキーはサイレント映画という高みからの失墜だという驚くべき主張をした (Arnheim 1957) 。ユニークな芸術形式であるために、映画は、それ特有のメディアに忠実でなければならないという考えに依拠して、アルンハイムは音声をともなう映画を
二つの異なる芸術のメディアの混淆として見下した。その二つは満足のいく全体を構成しないというのである。


 アルンハイムにとって、サイレント映画は、動く物体を提示する能力に力点を置くことで、芸術的な身分を得たのである。実際、彼にとって、映画の芸術的側面は、[音のない物体という]抽象物を提示する能力にあったのだが、その能力は、映画がサウンドトラックを採用し始めると、すっかり失われてしまった。トーキーの黎明期近くで執筆していたアルンハイムは、今日のわれわれが芸術形式の自然な発展と認識しているものを、以前に達成された高みからの失墜としてしか見ることができなかったのである。


 アンドレ・バザンは職業的な哲学者でもなかったし学者ですらなかったが、いまだに映画の哲学という領域に多大な影響を及ぼしている一連の論考でアルンハイムの評価に反論を加えた(Bazin 1967; 1971)。バザンにとって、重要な対立は、音と無声映画との対立ではなく、映像に焦点を当てる映画とモンタージュを強調する映画との対立だった。モンタージュは、セルゲイ・エイゼンシュテインなどの多くの映画監督にとって映画ならではの独特の側面として現われたのだが、バザンはサイレント時代に戻り、映画芸術を達成するもう一つの手段があることを実証した、その手段とは、カメラに世界の実際の本性を明らかにさせることに対する関心である。映画は写真に基礎をもつのだから、映画はリアリズムの性格をもつという考え方に依拠することで、バザンは、芸術形式としての映画の未来を、世界を「時間的に凍結された形で」提示するという能力を発展させられるかどうかに懸かっていると主張する。


 自説を展開するとき、バザンは、彼がリアリズムと呼ぶ映画のスタイルを、長廻しとディープ・フォーカスによって特徴づけたうえで高く評価した。ジャン・ルノワール、オーソン・ウェルズ、イタリアのネオ・レアリズムの作家たちこそ、バザンによれば、映像というメディアの真の可能性を実現した映画制作のこの映像本位の伝統の頂点に立つ映画製作者なのである。

  

 いわゆる「古典的な映画理論」の先駆的研究において、ノエル・キャロル(1988)は、フィルムの本性を規定しようとする古典的な理論家の試みにおいて多くの不当な前提が関与していると主張した。特に、彼は、映画製作の特定のスタイルと、映像というメディアそのものの本性についてのもっと抽象的な主張とを混同したといって、古典的な理論家たちを非難した。彼の告発は、映画のスタイルを映像の本性の中に基づけることで正当化しようとする試みの終焉をもたらしたように見えた。


 しかし、最近、バザン自身の行き過ぎた点はともかく、映画のリアリズムについてのバザンの主張は息を吹き返した。ケンドール・ウォルトンは、非常に影響力のある論文(1984)において、映画は、その基礎を写真にもっているために、スクリーン上に現われる対象を観客が実際に見ることを可能にするリアリスティックなメディアであると主張した。この透明性テーゼ(transparency thesis)は、哲学者や美学者の間で多大な議論の対象となった。たとえば、グレゴリー・カレーは、リアリズムという形式を依然として擁護してはいるが、透明性テーゼは拒否する。彼の主張によれば、映画のリアリズムとは、スクリーン上に描かれた対象が、現実の対象を識別するために使用されるのと同じ認識の能力を作動させるという事実の結果なのであるという。


 映画はリアリズムという性格をもつのかどうかという議論は、映画の哲学者の間で熱い議論のテーマであり続けている。ごく最近では、画像製作にとってデジタル技術が出現したために、この見解が妥当であるかどうかについての非常に根本的な問いが提起されている。




 3.映画と作家性


 映画は、多くの人が協働することによって成り立つ産物である。このことは、最近のハリウッド映画のどれでもいいが、最後に流れるクレジットを眺め、画面に流れる無数の名前を目にするとき明らかとなる。こんな言い方をしてよければ、映画を作るには一つの村が必要なのである(it takes a village to make a movie.)。


 したがって、映画の研究者の間には、映画を一個人の産物として、その作家が産み出す産物として扱う顕著な傾向があることは驚くべきことのように見える。この解釈に立つと、わたしたちはたとえば文学作品が特定の作者によって生み出されると考えているが、映画の監督は、それと類似した仕方で、映画の全体を形成する創造的な知性であることになる。


 監督を作家とみなす考え方は、最初、フランソワ・トリュフォー――後にフランスのヌーベル・バーグの中心の監督の一人となった――によって提起された。トリュフォーはこの言葉を、偉大な文学作品を映像化することに重きを置く当時支配的だった映画製作のあり方をやり込める論争の一環として使用したのであった。別の映画製作もあるのだということを示そうとする中で、トリュフォーは、芸術とよばれるにふさわしい唯一の映画は、監督が俳優を指導しながら脚本も書くことでその作品を完全にコントロールしているような映画なのだと主張した。そのようにして創られた映画のみが芸術作品という称号を与えられるにふさわしい、というのであった。


 アメリカの有名な映画学者であり批評家でもあったアンドリュー・サリスは、映画研究をアカデミックな学問として正当化するためにトリュフォーの理論を採用した。サリスにとって、作家理論とは映画を評価するための理論であった。なぜなら、それは、偉大な監督の作品だけが意義のある作品であると主張したからである。いく分サリス独特の使用法なのだが、サリスによれば、メジャーな監督の欠陥のある作品の方がマイナーな監督の傑作よりも芸術的には優れているのであった。サリスの考え方のもっと擁護できる側面は、監督によって産み出された作品全体に強調点を置いたことだった。映画研究において、個々の監督の作品全体を見渡すような研究に強調点が置かれるのは、サリス流の作家理論に由来しているのである。


 作家主義の影響がもたらす否定的な帰結の一つは、映画製作に貢献する別の重要な要素が比較的に無視されるという点にある。撮影技師、脚本家、作曲家、美術監督などもすべて映画に多大に貢献しているのだが、これらの要素を作家理論は過小評価してしまう。トリュフォーはこの言葉を新しいスタイルの映画製作を擁護する論争の一環として導入したのだが、後の理論家たちはトリュフォーの発言の文脈を無視しがちであった。


 映画の一般理論として、作家理論に欠点があることは明らかだった。すべての映画――すべての偉大な映画でさえも――の成功が監督のコントロールのおかげによるものだとすることはできないからである。特定の映画製作に監督よりもはるかに多大なインパクトもっている最も明瞭な例は俳優である。トリュフォー自身の映画は彼が作家として創り上げた作品であると言えるかもしれないが、クリント・イーストウッドの映画はその成功の多くを俳優の存在に負っている。すべての映画を監督という(重要ではあるが)一人の人間の産物にすぎないものであるかのように扱うのは間違っている。  


 作家理論に対するもっとよく見られる批判はその理論が個人に焦点を合わせていることにある。映画の理論家によって研究される偉大な映画監督のほとんどは、制度的に定まった背景(その内もっとも有名なのはハリウッドだが)の内部で作業していた。映画を理解しようとしながら、それを製作のもっと広い脈絡の中で捉えようとしないならば、それは紛れもない理論的な欠陥と見なされるようになった。


 作家主義に対するこうした批判は、よく知られているように(あるいは悪名高いように)作家の死を宣告したポスト・モダニズムの中でもっと理論的に述べられてきた。この自意識過剰でレトリックたっぷりの身ぶりが主張していることは、映画を含む芸術作品は一個人の知性のコントロールの産物として見なされてはならず、その個人が属する時代や社会的脈絡の産物として見なされなければならない、ということである。批評家の目標は、作家の意図を再構成することではなく、作品の産出にかかわる様々な脈絡や制約を明らかにすることでなくてはならないのである。


 制度的な脈絡一般が映画を理解するうえで決定的に重要であることは確かであるが、それにもかかわらず、作家理論は映画を学問的に研究するある種の努力――個々の監督の業績を解明しようとする努力――にとって有効な視座を提供しているのである。しかしここでも、作家理論は監督の貢献を強調しすぎていて他の人々――俳優、撮影監督、脚本家――を黙殺しているのではないかという懸念が表明されてきた。そうした監督以外の人々の貢献も、少なくともある種の映画の製作にとって監督と同じぐらい重要であるからである。



                    」 



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