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映画の哲学  [翻訳]

  以下は、「映画の哲学(Philosophy of Film)」(http://plato.stanford.edu/entries/film/}の試訳である。




「   映画の哲学   



 映画の哲学は、現代の芸術哲学の急速に発展を遂げている一分野である。20世紀の最初の数十年間でこの新たな芸術形式の研究を真っ先に公表した学者の中には哲学者もいたのに、この分野はそれほどの発展を遂げなかった。しかし、1980年代になってようやく新たな動きが見られるようになった。この分野が最近になって発展したことには多くの理由がある。ここでは、アカデミックな哲学においても、映画一般の文化的な役割においてもいろいろな変化が起こったために、哲学者は映画を、劇場や舞踏や絵画といったより伝統的な芸術形式と同列の芸術形式として真剣に受け取らざるを得なくなった、と言うだけで十分である。哲学的な考察のテーマとしての映画に対する関心がこれほど高まった結果として、映画の哲学は今や美学における重要な研究分野となっている。


 この「映画の哲学」という項目は、映画の哲学にとって中心的な多くの問題をめぐって書かれている。これらの問題は芸術の一媒体としての映画の様々な側面を探求するものであり、映画の哲学の内部で提起された関心がどれほど広いかを具体的に表わすものである。



1.映画の哲学という観念
2.映画の本質
3.映画と作家性
4.感情的なかかわり
5.映画のナレーション
6.映画と社会
7.哲学としての映画
8.結論と今後の展望 






1.映画の哲学という観念


 具体的な問題に立ち入る前に、議論しておく必要のある映画の哲学の二つの特徴がある。一つは、この分野に多大な貢献してきたのは専門的な哲学者ではない映画学者であるということだ。( Chatman (1990)やSmith (1995)を参照せよ)。こういう事情があるために、この分野はほかの多くの哲学の分野と趣きを異にしている。物理学者が科学哲学についての論文を書くことはしばしばあるが、物理学の哲学というアカデミックな分野は専門的な哲学者によって占められている。しかし映画の哲学ではそうなってはいない。結果として、私が使う「映画の哲学者」という語は、映画についての理論的な問題に関心をもつすべての人を含むという意味で、とても幅の広いものとなる。


 第二の特徴は、映画研究(film studies)――それ自体、すでにアカデミックな研究の制度化した分野ではあるが――の内部に、映画理論(film theory)という下位分野があり、それは映画の哲学とかなり重なり合っているが、その大多数は英米系の「映画の哲学者」とは非常に異なった哲学的な前提に立っているという点である。この項目では、映画の哲学という見出しのもとに私は両方の分野を含めるつもりではいるが、私はおもに英米系の理論家の業績に焦点を当てるつもりだし、時としてこの分野を、映画研究の分野内で行われている映画理論から区別するつもりでいる。一つの学問としての哲学の特徴の一つは、自分自身の本質と根拠を問いかけることにある。実際、映画の哲学が問いかけなければならない最初の問題は、それ自身の存在の根拠なのである。そこに含まれる問題とは、この分野がいったいどのようなものであるべきかという問題のみならず、そもそもそれが存在する理由を何かもっているかどうかという問題でもあるのである。


 映画研究という大義名分のもとで行われている経験的な映画研究に加えて、それとは別の哲学の分野が映画をテーマにする必要性が何かあるのだろうか? この問いは哲学者からしかるべき注意を必ずしも受けてこなかったが、実はこの問いはどうしても必要な問いなのである。なぜなら、その問いは哲学者たちに、映画に対する最近の関心を、とても人気のある大衆文化の一つを時流にのって自分たちの領域に組み込む以上のことして正当化するように求めているからである。


 しかしある意味で、哲学者は映画に対する関心を正当化する必要はないのである。なぜなら哲学的な美学は芸術一般のみならず特殊な形態の芸術に対する関心を常に抱いてきたのであるから。アリストテレスの『詩学』――それはギリシア悲劇の本性を説明するための作品だった――に始まり、哲学者は、自分が属する文化の重要な芸術の特性を説明しようと努めてきた。この観点からみれば、音楽の哲学や絵画の哲学の存在――これら二つは美学を構成するものとして十分受け入れられている分野である――を疑問視する理由がないのと同様に、映画の哲学の存在を疑問視する理由は何もないのである。映画は現代の世界における重要な芸術形式なので、哲学にはその本性を研究する責任があると判断してもいいとさえ言えるのである。


 しかし、映画の哲学という一個の学問分野があるのは問題だと思わせるような理由がいくつかある。映画研究がすでに映画研究という分野としてアカデミズムの中に制度化されているのだから、そしてその分野は映画理論という別個の下位分野を含んでいるのだから、文学や音楽とは違って、映画にはすでにこうした制度的な基盤がしっかりできているように思われる。この観点からみると、映画の哲学なるものは、別の分野がすでに切り開いた空間を占拠することになるのだから、余分なものだということになってしまうのである。


 問題は、映画研究の内部にある映画理論という下位分野は、多くの英米系の哲学者が共有しない理論的立場によって支配されてきたという点である。したがって、英米系の多くの哲学者はこの分野の映画の理解にマイナーな変更を加えるだけでなく、映画理論そのものの疑わしい前提を共有しない新しい始まりを映画研究のうちに作ろうという必要性を感じてきた。こうした理由から、そして先に述べた映画を美学内部の正当なテーマとして扱うという観点からも、彼らは映画についての哲学的な思考様式を発展させることが重要であると感じてきた。


 しかしひとたび映画の哲学に美学の独立した下位分野としての自立性を認めると、その形式についての問いが生じてくるのである。つまり、哲学者は、映画の哲学が一つの研究分野としていかに構成されるべきかという問題に関心を寄せる。この分野では映画の解釈にどんな役割があるのか? 特定の映画の研究は映画という媒体そのものについてのもっと理論的な研究とどのように関係するのか? そして、映画について哲学的に思考する流行のあり方だが、映画の中にある哲学についてはどうだろうか ?  この新たに活気づいた哲学研究の領域を特徴づけるためにもちいられる統一的なモデルは存在するのか ?



  映画の哲学について次第に人気化しつつある思考様式は、映画を科学的な理論に基づいてモデル化することである。このような提案の詳細については意見の一致は見られないけれども、その支持者によると、映画研究は、理論と証明を適切に関係づける科学的な学問として扱われるべきである。ある人々にとってこのことは経験的に映画の解釈を集めてきて、それによってより広い理論的な一般化を生み出すことを意味する。別の人々にとってそれは、一群の小規模な理論を発展させ、それによって映画の様々な側面やわたしたちの映画経験を説明しようと試みることを意味する。ここでの焦点は、映画の様々な特徴をとらえるモデルあるいは理論を展開することなのである。


 映画の哲学という分野を自然科学に基づいてモデル化するという考え方は、認知的な映画理論を唱える人々の間で有力視されてきた(Bordwell and Carroll 1996; Currie 1995)。この急速に広がったアプローチは、伝統的な映画理論が無意識的なプロセスに焦点を当てるのとは対照的に、観客の意識的な映画の加工を強調する。概して、これらの理論家は映画理論を一種の科学的な試みと見る立場に傾斜している。



 映画の哲学が科学的なモデルに基づいてモデル化されるべきだという考え方は、多くの立場からの反論を受けてきた。ある哲学者は、ウイリアム・ジェームズのようなプラグマティストの著作に依拠して、哲学者が映画について考察するときに何をしているのかを考える有益な方法が自然科学によって提供されていいのかと疑問を呈した。つまりここには、一般的な映画理論に向かおうとする動きとは対照的に、芸術作品としての映画の特殊性が強調されるわけである。別の哲学者は、後期のヴィトゲンシュタインや解釈学の伝統を利用して、映画を哲学的に考察するためにはそうした自然科学的な方向性は不向きだという疑問を呈した。この陣営は、映画研究というものを、自然科学に同化されると誤解されてしまう人文的な学問と見なしているのである。



  映画の哲学がどうであるべきかについての論争はまだ始まったばかりである。これは、映画の哲学についての科学的な考え方が競合相手として登場したのはごく最近のことだからである。しかし、映画に対する認知的アプローチがますます人気化しているにもかかわらず、映画の哲学の構造にはまだ解決されていない根本的な問題が存在している。




2. 映画の本性



 哲学的な映画研究の初期に支配的だった問いは、シネマ――これは、映画が製作・配給・封切られる制度的な構造を強調する言葉だったが――が芸術形式として見なせるかどうか、というものだった。シネマは芸術という名誉ある称号にふさわしいとは思われていなかったのだが、それには二つの理由があった。第一の理由は、初期の頃には、ヴォードヴィルののぞき見ショーやサーカスの幕間劇などで映画が上映されたことが挙げられる。大衆文化である以上、映画には通俗性があるので、演劇や絵画やオペラや、それ以外の芸術と同類と見なされるには不向きであるように見えたのである。第二の問題として、映画は、他の芸術形式からあまりにも多くのものを借用しているように思われたことが挙げられる。多くの人にとって、初期の映画は舞台演劇か日常生活の記録以上のものではないと思われた。映画を舞台演劇の記録と見なす根拠は、映画というものは、舞台上の演技を見ることができる人々よりも多くの観客に提供できるものであるから、というものだった。しかし、そうなると、映画は芸術への接近手段にすぎないものとなり、それ自体独立した芸術形式ではないことになってしまう。他方で、映画が日常生活の記録となると、それは生活をあまりに直接的に再現するものになってしまい、もはや芸術と見なすことはできなくなってしまう。主導的な意識による媒介がほとんどないように思われたからである。



 映画は独立した芸術形式として考察されるに値するという主張を正当化するために、哲学者は映画の存在論的構造を研究した。そこにある希望は、映画が他の芸術とは著しく異なっていることを明瞭にする映画の捉え方を創り上げることだった。この理由から、映画の本性に関する問いは、[「映画の哲学」の]古典期と呼んでいい時代の理論家にとって決定的に重要な問いであった。


 映画という新しい芸術形式についての論文を書いた最初の哲学者であるヒューゴー・ミュンスターバーグは、物語を提示するうえで映画が利用する技術的デバイスによって、映画の独自性を求めようとした(Munsterberg 1916)。フラッシュバック、クローズアップ、およびモンタージュなどが、映画製作者が物語を提示するために採用する(しかし演劇にはない)技術的手段の例である。ミュンスターバーグにとって、こうした手段の使用によって、映画は、演劇から区別されるのであった。

  ミュンスターバーグはさらに続けて、映画が物語りを展開していく上でこれらの技術的手段が果たす役割を観客がいかに理解できるか、という問いを立てた。彼の答えは、これらの手段はすべて心的なプロセスの対象化である、というものだった。たとえば、クローズアップは、何かに注意を向けるという心的な行為に対応するものを視覚的な形で提示するのである。観客は自分の心の働きにはなじんでいて、クローズアップを見るときその対象化された心的機能を認識できるので、そうした映画的手段がどんな働きをするかを自然に理解できるのである。ミュンスターバーグの理論のこの側面のために、彼は現代の認知的な哲学者に結びつけられるが、彼は、自分が見ているものが対象化された心的機能であることを観客がいかにして知るのかを説明してはいないのである。

 ミュンスターバーグがあの論文を書いたのはサイレントの頃だった。やがて画面と同調するサウンドトラック――いわゆる「トーキー」――が出現し主流になるにおよんで、映画は根底的に変わっていった。この重大な技術革新が興味深い理論的反省を生み出したことは驚くに当たらないことである。


 著名な芸術心理学者のルドルフ・アルンハイムは、トーキーはサイレント映画という高みからの失墜だという驚くべき主張をした (Arnheim 1957) 。ユニークな芸術形式であるために、映画は、それ特有のメディアに忠実でなければならないという考えに依拠して、アルンハイムは音声をともなう映画を
二つの異なる芸術のメディアの混淆として見下した。その二つは満足のいく全体を構成しないというのである。


 アルンハイムにとって、サイレント映画は、動く物体を提示する能力に力点を置くことで、芸術的な身分を得たのである。実際、彼にとって、映画の芸術的側面は、[音のない物体という]抽象物を提示する能力にあったのだが、その能力は、映画がサウンドトラックを採用し始めると、すっかり失われてしまった。トーキーの黎明期近くで執筆していたアルンハイムは、今日のわれわれが芸術形式の自然な発展と認識しているものを、以前に達成された高みからの失墜としてしか見ることができなかったのである。


 アンドレ・バザンは職業的な哲学者でもなかったし学者ですらなかったが、いまだに映画の哲学という領域に多大な影響を及ぼしている一連の論考でアルンハイムの評価に反論を加えた(Bazin 1967; 1971)。バザンにとって、重要な対立は、音と無声映画との対立ではなく、映像に焦点を当てる映画とモンタージュを強調する映画との対立だった。モンタージュは、セルゲイ・エイゼンシュテインなどの多くの映画監督にとって映画ならではの独特の側面として現われたのだが、バザンはサイレント時代に戻り、映画芸術を達成するもう一つの手段があることを実証した、その手段とは、カメラに世界の実際の本性を明らかにさせることに対する関心である。映画は写真に基礎をもつのだから、映画はリアリズムの性格をもつという考え方に依拠することで、バザンは、芸術形式としての映画の未来を、世界を「時間的に凍結された形で」提示するという能力を発展させられるかどうかに懸かっていると主張する。


 自説を展開するとき、バザンは、彼がリアリズムと呼ぶ映画のスタイルを、長廻しとディープ・フォーカスによって特徴づけたうえで高く評価した。ジャン・ルノワール、オーソン・ウェルズ、イタリアのネオ・レアリズムの作家たちこそ、バザンによれば、映像というメディアの真の可能性を実現した映画制作のこの映像本位の伝統の頂点に立つ映画製作者なのである。

  

 いわゆる「古典的な映画理論」の先駆的研究において、ノエル・キャロル(1988)は、フィルムの本性を規定しようとする古典的な理論家の試みにおいて多くの不当な前提が関与していると主張した。特に、彼は、映画製作の特定のスタイルと、映像というメディアそのものの本性についてのもっと抽象的な主張とを混同したといって、古典的な理論家たちを非難した。彼の告発は、映画のスタイルを映像の本性の中に基づけることで正当化しようとする試みの終焉をもたらしたように見えた。


 しかし、最近、バザン自身の行き過ぎた点はともかく、映画のリアリズムについてのバザンの主張は息を吹き返した。ケンドール・ウォルトンは、非常に影響力のある論文(1984)において、映画は、その基礎を写真にもっているために、スクリーン上に現われる対象を観客が実際に見ることを可能にするリアリスティックなメディアであると主張した。この透明性テーゼ(transparency thesis)は、哲学者や美学者の間で多大な議論の対象となった。たとえば、グレゴリー・カレーは、リアリズムという形式を依然として擁護してはいるが、透明性テーゼは拒否する。彼の主張によれば、映画のリアリズムとは、スクリーン上に描かれた対象が、現実の対象を識別するために使用されるのと同じ認識の能力を作動させるという事実の結果なのであるという。


 映画はリアリズムという性格をもつのかどうかという議論は、映画の哲学者の間で熱い議論のテーマであり続けている。ごく最近では、画像製作にとってデジタル技術が出現したために、この見解が妥当であるかどうかについての非常に根本的な問いが提起されている。




 3.映画と作家性


 映画は、多くの人が協働することによって成り立つ産物である。このことは、最近のハリウッド映画のどれでもいいが、最後に流れるクレジットを眺め、画面に流れる無数の名前を目にするとき明らかとなる。こんな言い方をしてよければ、映画を作るには一つの村が必要なのである(it takes a village to make a movie.)。


 したがって、映画の研究者の間には、映画を一個人の産物として、その作家が産み出す産物として扱う顕著な傾向があることは驚くべきことのように見える。この解釈に立つと、わたしたちはたとえば文学作品が特定の作者によって生み出されると考えているが、映画の監督は、それと類似した仕方で、映画の全体を形成する創造的な知性であることになる。


 監督を作家とみなす考え方は、最初、フランソワ・トリュフォー――後にフランスのヌーベル・バーグの中心の監督の一人となった――によって提起された。トリュフォーはこの言葉を、偉大な文学作品を映像化することに重きを置く当時支配的だった映画製作のあり方をやり込める論争の一環として使用したのであった。別の映画製作もあるのだということを示そうとする中で、トリュフォーは、芸術とよばれるにふさわしい唯一の映画は、監督が俳優を指導しながら脚本も書くことでその作品を完全にコントロールしているような映画なのだと主張した。そのようにして創られた映画のみが芸術作品という称号を与えられるにふさわしい、というのであった。


 アメリカの有名な映画学者であり批評家でもあったアンドリュー・サリスは、映画研究をアカデミックな学問として正当化するためにトリュフォーの理論を採用した。サリスにとって、作家理論とは映画を評価するための理論であった。なぜなら、それは、偉大な監督の作品だけが意義のある作品であると主張したからである。いく分サリス独特の使用法なのだが、サリスによれば、メジャーな監督の欠陥のある作品の方がマイナーな監督の傑作よりも芸術的には優れているのであった。サリスの考え方のもっと擁護できる側面は、監督によって産み出された作品全体に強調点を置いたことだった。映画研究において、個々の監督の作品全体を見渡すような研究に強調点が置かれるのは、サリス流の作家理論に由来しているのである。


 作家主義の影響がもたらす否定的な帰結の一つは、映画製作に貢献する別の重要な要素が比較的に無視されるという点にある。撮影技師、脚本家、作曲家、美術監督などもすべて映画に多大に貢献しているのだが、これらの要素を作家理論は過小評価してしまう。トリュフォーはこの言葉を新しいスタイルの映画製作を擁護する論争の一環として導入したのだが、後の理論家たちはトリュフォーの発言の文脈を無視しがちであった。


 映画の一般理論として、作家理論に欠点があることは明らかだった。すべての映画――すべての偉大な映画でさえも――の成功が監督のコントロールのおかげによるものだとすることはできないからである。特定の映画製作に監督よりもはるかに多大なインパクトもっている最も明瞭な例は俳優である。トリュフォー自身の映画は彼が作家として創り上げた作品であると言えるかもしれないが、クリント・イーストウッドの映画はその成功の多くを俳優の存在に負っている。すべての映画を監督という(重要ではあるが)一人の人間の産物にすぎないものであるかのように扱うのは間違っている。  


 作家理論に対するもっとよく見られる批判はその理論が個人に焦点を合わせていることにある。映画の理論家によって研究される偉大な映画監督のほとんどは、制度的に定まった背景(その内もっとも有名なのはハリウッドだが)の内部で作業していた。映画を理解しようとしながら、それを製作のもっと広い脈絡の中で捉えようとしないならば、それは紛れもない理論的な欠陥と見なされるようになった。


 作家主義に対するこうした批判は、よく知られているように(あるいは悪名高いように)作家の死を宣告したポスト・モダニズムの中でもっと理論的に述べられてきた。この自意識過剰でレトリックたっぷりの身ぶりが主張していることは、映画を含む芸術作品は一個人の知性のコントロールの産物として見なされてはならず、その個人が属する時代や社会的脈絡の産物として見なされなければならない、ということである。批評家の目標は、作家の意図を再構成することではなく、作品の産出にかかわる様々な脈絡や制約を明らかにすることでなくてはならないのである。


 制度的な脈絡一般が映画を理解するうえで決定的に重要であることは確かであるが、それにもかかわらず、作家理論は映画を学問的に研究するある種の努力――個々の監督の業績を解明しようとする努力――にとって有効な視座を提供しているのである。しかしここでも、作家理論は監督の貢献を強調しすぎていて他の人々――俳優、撮影監督、脚本家――を黙殺しているのではないかという懸念が表明されてきた。そうした監督以外の人々の貢献も、少なくともある種の映画の製作にとって監督と同じぐらい重要であるからである。



                    」 



自殺の道徳性と合理性 [翻訳]

  別のブログにおいて、何回かに分けて、スタンフォード大学の「哲学百科事典」(Stanford encyclopedia of philosophy)の‘suicide’の項目(執筆者はMichael Cholbi)の第三部を訳したのだが、それらを一つにまとめておきたいと思ったので、このサイトに置くことにする。まとめるに当たって、語句の手直しをした部分がある。

 明確な結論が出ているわけではないので、明快な結論を求める人には歯切れが悪いと映るだろうが、自殺は許容できるか否か、自殺は理性的行為と言えるか否かという問いについてどういう見解があるかの全体像を知るにはふさわしい論述になっていると思う。



 
 ちなみに初出時のURLを掲げておこう。


 「3.1 道徳的に許されるか?」 & 「3.2 生命の尊厳からの義務論的論証」 http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2013-01-26

 「3.3 宗教的な論証 」             http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2013-02-01

 「3.4  リバタリアンの論証と自殺する権利」  http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2013-02-08

 「3.5 社会的・功利主義・役割ベースの論証」  http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2013-02-19

 「3.6 道徳的義務としての自殺は存在するか?」  http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2013-03-13
 
 「3.7 自律性、合理性、責任」          http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2013-04-01






Suicide  By Michael Cholbi

First published Tue May 18, 2004; substantive revision Tue Nov 20, 2012

http://plato.stanford.edu/entries/suicide/#DeoArgSanLif





  3. 自殺の道徳性と合理性






  3.1 道徳的に許されるか?




  自殺に関する大きな道徳上の問題は、

 1.自殺が道徳的に正当化される条件はあるのか、もしあるとすれば、それはどのような条件なのか?

というものであった。 


 この問いは他の3つの問いから区別されるべきである:

 
 1.他人は自殺を防ぐように試みるべきか?

 2. 国家は自殺を法で処罰したりそれを防ぐように試みるべきか? 

 3.自殺ははたして理性的であったり賢明であったりするのか?


 これらの4つの問いのいずれかに対する答えは、他の3つの問いにどう答えるべきかに影響を与えることは明らかだ。例えば、もしある状況下で自殺が道徳的に許されるならば、他の人や国家が(同じ状況下での)自殺行動に干渉すべきでないと想定できるだろう。しかし、もしそうした自殺行動をとる人が理性的でないならば、そうした結論は出てこないだろうし、そうした人が自殺するのを防ぐために干渉が必要となるだろう。そういう人は、もっと完全に理性的であれば、自殺という結果を後悔するだろうからである。さらに、理性的な自律性を強調する道徳理論にとっては、個人が理性的に自殺することを選択したかどうかが、(上にあげた)4つの問いを解決することになるだろう。いずれにしても、自殺が道徳的に許されるかどうかという点と、自殺が理性的かどうかという点と、他者や社会全体の義務という点は相互に複雑にからみ合っているので、われわれは、これらの4つの問いのいずれかに対する答えが他の3つの問いを決定的な形で解決すると仮定しないように用心すべきである。




  3.2 生命の尊厳からの義務論的論証



 自殺についての最も単純な道徳的見方は、人間の生命は神聖だから、自殺は必然的に間違っていると主張するものである。この立場は宗教的思想家(とくにカトリックの思想家)にしばしば結びつけられるが、ロナルド・ドウォーキンが指摘したように(1993)、無神論者もこの主張に訴えることができるのである。この「生命の尊厳」説によれば、人間の生命は内在的に価値があり貴重なものであって、他人からの尊敬と自己自身に対する畏敬の念を要求する。ゆえに、自殺は、人間の生命の内在的価値―― その生命が他者や当人にどれほどの価値があるかに関わりなく ――を尊重するという道徳上の義務に違反しているために、間違っていることになる。生命の尊厳説は、こうして、自殺に関する義務論的な立場となる。


 生命の尊厳説の大きなメリットは、それが一般の道徳感情を反映していること、すなわち、殺すことはそれ自体間違っているという道徳感情を反映している点にある。(それに対して)生命の尊厳説の大きな困難を以下に示そう。


 第一に、その説の支持者は自分の立場を首尾一貫して適用しようとしなければならない。つまり、死刑や戦争中の殺人などの議論の余地のある殺人の形態も道徳的に禁じられることになるだろう。しかしその立場は、自己防衛のための殺人のような直感的に妥当と思える殺人の形態も禁じることになるだろう。生命の尊厳に基づく論証を受け入れるには、徹底した平和主義を支持することが求められそうだ。


 第二に、生命の尊厳説は、生命そのものが――その生命がどれほど幸福であるかどうかとはまったく無関係に―――価値があると主張する。(しかし)多くの哲学者は、生命が内在的に価値があるという考え方を拒絶する。なぜなら、そうした考え方をとれば、死ぬまで植物状態にいる人を―――その人が生物学的に生きているというただそれだけの理由のために――生かし続けておくことにも価値があることになってしまうからだ。(それに対して)ピーター・シンガー(1994)等は、生命の尊厳説に反対の主張を展開したのだが、その際の根拠は、生命の価値は内在的ではなく外在的である、つまり、個人のこれから起こりうる生命の質に基づいて判断されなければならないものだ、という点にあった。ある人の生命の継続の価値がその起こりうる質によって測られるのであれば、その質が低くなれば自殺は許されるものとなるだろう(セクション3.5を参照)。(こう言ったからといって、生命の質の評価が簡単だとか異論の余地のないものだと示唆したいわけでない。議論のためにはHayry1991を参照されたい)。



 最後に、人間の生命の尊厳に対して十分な敬意を払うならば、生命を終わらせる――それが、自殺によるものであれ他の手段によるものであれ――ことは禁じられるということは明白ではない。将来がとてつもなく希望の持てないものになりそうなときに自殺行動に走る人は、必ずしも生命の尊厳に対して不十分な敬意しか払っていないわけではない
(Dworkin 1993、238)。自然に終わる前に自分の生命を終わせることは、必ずしも生命の価値に対する侮辱ではない。実は、医療上の条件や心理的な条件のおかげで、かつては充分に能力をもっていた人が見る影もないような状態に追い込まれた状況においては、自殺は生命を肯定する行為であるかもしれないと主張して良いかもしれないのである(Cholbi 2002)。




  3.3 宗教的な論証

 

 自殺は道徳的に許されないとする論証の一般的カテゴリーは二つあって、そのいずれもがキリスト教の宗教的伝統から出てきたものだ。そのうちの最初のものは以前紹介したトマス・アクィナスの自然法の立場であり、ヒュームによって批判された立場である(セクション2.3を参照されたし)。この伝統によると、自殺は神が自然界と人間の存在を支配するために創造した自然法を侵すものである。この自然法は、(a)自然の因果的法則という観点から考えられることができるし(自殺はこの因果的秩序を侵しているというように)、(b)すべての自然の存在は自分自身を保存しようと努めるものだとする目的論的観点からも考えることができるし、または(c)人間の自然(=人間の本性)を支配する法則(そこから、自殺は「不自然的」ということが帰結する)という観点から考えることもできる(Pabst Battin 1996、41-48)。こうした自然法の論証はヒュームなどによる激しい批判を受けたので(ただし、Gay-Williams1996を参照されたい)、もはや哲学的議論の主な焦点になることはない。こうした批判には、次のものがある。(1)自然法の論証はきわめて思弁的な有神論的形而上学から切り離すことはできないという批判。(2)自然法の主張は、人間の本性を観察することによって反駁されるという批判(例えば、自己破壊的な人間の行動の存在は、われわれが「本性的に」自己自身を保存するものだという主張に疑いを投げかけるものである)。(3)神が非難しているとは考えられていないその他の行為(例えば、宗教的殉教)も、これらの自然法を侵しているので、自殺の禁止を恣意的なものに思わせてしまうという批判。


 宗教的な論証の二番目の一般的カテゴリは、神と人類の関係に関する比喩に基づいている。これらの論証のほとんどは、死という出来事を決定する厳密で道徳的な権威を持っているのは神であって、個々の人間ではないということを確立しようとする。歴史的に名高い一つの比喩によると(アクィナスとロックが提起したものだが)、われわれは神の所有物であって、だから自殺は、窃盗や財産の破壊にも似た神に対する犯罪であるというものである。この比喩はいくつかの点で弱いように思われる。第一に、もしわれわれが神の所有物であるとしても、神はわれわれに自由意志を授け、その自由意志のおかげでわれわれは神の願いや意図にそぐわないような振る舞いができるのだから、われわれは神の奇妙な所有物ということになる。自由意志をもつ自律的な存在が、他の種類の所有物が従う支配にどうして従いうるのかを理解するのは難しい。第二に、この論証は、神は自分の所有物が破壊されることを望まないという前提に立っているように見える。しかし、伝統的な有神論的神概念にしたがって神はいかなる点でも欠けることのない者だとすると、神が所有しているもの(人間の生命)が破壊されたとしても、それがどうして神や神の利益に対する害になりうるというのだろうか(Holly1989、105)?  第三に、この論証と、神は万人を愛する存在だという主張を調停させることは困難である。もしある人の人生が十分悪いものであるとすれば、万人を愛する神は自分の所有物が自殺によって破壊されることも許すだろうからだ。最後に、所有物の破壊は自分自身に対する重大な害を防ぐためには道徳的に正当化できると主張することによって、神の所有によっての内に課される義務がどの程度なのかを疑問視する人々もいる。時限爆弾から自分自身を守る唯一の手段が、爆風を弱めるために手近の車のトランクにそれを放り込むことであり、その手近の車が隣人のものだとすると、その隣人の所有物を破壊することは、自分自身に対する深刻な害を防ぐために道徳的に正当化できるだろう。同様に、自殺することによってしか私自身に対するこれから起こりうる深刻な害を避けられないならば、たとえそれが神の所有物であるとしても、私は私の生命を破壊しても正当だと思われるのである。
 

 もう一つのよくある比喩によれば、神はわれわれに生命を贈り物として授けてくれたのであり、もしわれわれが自分の命を奪うことによってその贈り物を拒否するとしたら、それは恩知らずや怠慢の現われとなるだろう、と主張するものである。この「贈り物の比喩」の明らかな弱点は、真心から与えられた贈り物は、この比喩が主張するような条件付きのものではない、ということである。つまり、贈り物とは、一度与えられたら、その受け手の所有物になるのであって、贈り手は受け手がその贈り物をどうしようがもう何も文句を言う筋合いにはない。特別に価値のある贈り物を無駄にするのは無分別なことかもしれないが、無駄にしても贈り手に対して不正を犯したことにはならないように思われる。Kluge (1975, 124)が言うように、「われわれが拒絶できない贈り物は贈り物ではない」のである。こうした論証の一つのヴァリエーションによると、われわれは神に自分の生命に対する感謝という借りがあるので、自殺することは神に対して無礼であり侮辱ですらあるだろうし(Ramsey1978,146)、この贈り物の無責任な使用ということになるだろう。しかし、このヴァリエーションも最初のバージョンに向けられた批判を回避しているわけではない。たとえ、われわれが神に感謝という借りがあるとしても、自分の生命を処分することは、一度でも生命を得たことに対する感謝の念を表明することと矛盾するわけではないように思われる((Beauchamp 1992)。さらに、ある人の人生が悲惨と不幸に満ちている場合、その人が、生命というこの明らかに不適切な「贈り物」に対する多くの感謝という借りが神にあるということはまったく明らかではない。したがって、贈り物という比喩の擁護者は、生命とは、ただひたすら愛情にみちた神によって与えられたという理由だけで、神の慈悲深い本性の発現であり、それゆえ必ずやわれわれに対する恩恵であるという主張を擁護しなくてはならないのである (Holley 1989, 113–114)。



 おまけに言うと、あまり認識されていないが、自殺に有利に働く宗教思想の底流がある。例えば、自殺は、故人となった愛する人と再会させてくれたり、罪を赦された人々が間違いなく天国に入ることを可能にしてくれたり、身体の束縛から魂を解放したりする。キリスト教であれアジア的であれ、いずれの宗教的伝統でも、自殺は、神的なものを垣間見たり合一化するための有望な手段なのである(Pabst Battin 1996, 53–64)。





  3.4  リバタリアンの論証と自殺する権利



  リバタリアンにとって、自殺が道徳的に許されるのは、個人が自殺する権利をもっているためである。(だからといって、自殺が必然的に理性的であるとか賢明であるということになるわけでは勿論ない)。リバタリアニズムの歴史上の先例はストア派やショーショーペンハウアーだが、それはまた前世紀の後半にあった「反-精神医学」の運動に強く結びついている。その運動によれば、自殺の行動に国家や医療の専門家が干渉しようとする試みは、道徳的に許容されるべき個人の自由の行使を病的なものと見なす本質的に抑圧的な試みなのである(Szasz 2002)。


 リバタリアニズムの典型的な主張によれば、自殺する権利は非干渉の権利(right of noninterference)である、つまり、他者が自殺行動に干渉することは道徳的に禁じられていることになる。もっと強力な主張をする人もいて、その主張によると、自殺する権利は自由権(liberty right)、つまり個人は自殺してはならないという義務を何らもっていないような権利であるか(つまり、自殺はいかなる道徳的な義務にも違反していない)、あるいは自殺する権利は請求権(claim right)であって、それによれば、他の個人はある人の自殺行動に干渉しない義務をもっているだけでなく、その行動を支援する義務をもつという。(この点については「権利(rights)」の項目を参照されたいhttp://plato.stanford.edu/entries/rights/)。が自殺する権利をもっているならば、当然ながら、は非干渉の権利と自由の権利をもっていることになるが、しかしこの点は、医師による自殺幇助の困難の核心である (Pabst Battin 1996, 163–164)。が自殺する自由権をもっているかどうかは、その権利が他の道徳的義務(他者に対する義務も含む)を侵害しているかどうかに関わる問題なので、私はこの問題の議論をセクション3.5にゆずり、ここでは非干渉の権利があるかどうかに焦点を絞りたいのである。(自殺を考えている人間が他者の援助に対する請求権をもつかどうかという問題はセクション3.8で扱われる)。



 自殺する権利の人気のある拠り所は、われわれが自分の身体を所有していること、したがって、われわれは自分の身体を思い通りに処分しても道徳的に許されるのだという考え方である。(セクション3.3の議論を思い起こしていただきたいのだが、自殺は認められないとする宗教的な論証の中には、の身体の所有権は神にあるという点に求めるものもあった)。この見解に立つと、われわれの身体に対する関係は、われわれがその財産権をもっている他の物品に対する関係と同じなのだ。腕時計に対する権利をがもっていれば、われわれはそれを好きなように使用したり、改良したり処分することができるのと同じように、われわれが身体に対する権利をもっていれば、われわれは身体を適当に処分できるというわけである。したがって、所有権は排他的なのだから(つまり、ある物に対する所有権をわれわれがもっていれば、他者がそれに干渉することは禁じられる)、他者は、われわれが自分の生命を終わらせる努力に干渉してはならないことになる。しかしながら、この論証に含まれている自己所有権(self-ownership)の概念は、とてもあいまいなものだ。われわれが普通の物品を所有することを可能にしているのは、そうした物品がわれわれとは形而上学的な身分が違っていることにある(Cholbi 2011、84‐86)。われわれが腕時計を所有できるのは、腕時計がわれわれとは違ったものであるからに他ならない。唯物論的哲学者ならば、われわれはわれわれの身体と同じだと主張するわけだから、われわれの身体はわれわれ自身と違っていることを否定するだろうし、(自己と身体を区別する)人間本性の最も二元論的な見解であっても、われわれの自己は身体に十分依存しているので、自己による身体の所有権という発想はおよそ有りそうもない考え方になるのだ。実は、普通の所有物のある種の扱い方は、身体の扱い方としては利用できないのだが(われわれは、どんな意味でも自分の身体を譲渡したり売却はできない)、このことは、自己所有権なるものは、より深いところにある道徳的関係を捉えるためのメタファーにすぎないことを示唆しているのである(Kluge 1975, 119)。それに加えて、自分の所有物の使用(その破壊も含めて)が他者に対して危害を加えることがある。だから、自殺が他者に危害を与えるかもしれない場合、われわれは自殺を思いとどまるように道徳的に求められることになるかもしれない。(他者に対する義務にかかわる論証についてはセクション3.5を参照)。


  非干渉の権利のためのもう一つの根拠は、自分の幸福にとても密接につながっている事柄(自分の生がどれほど長く続くべきか、死の状況はどうであるべきかという点も含む)について、われわれは自分で決定する全般的な権利をもつという主張である。この見解に立つと、自殺する権利は、よりいっそう深いところにある自己決定の権利、つまり、他者を害したり危険に陥れることがない限り自分の生の状況を自分で決定する権利から導き出さることになる(Cholbi 2011、88‐89)。「尊厳のある死(death with dignity)」の運動で言われているように、自殺の権利は、生命の権利の当然の帰結である。つまり、個人は他人に殺されない権利をもっているのだから、どういう状況で死ぬかを決定する道徳的権利をもっている唯一の人はその人自身なのであって、ゆえに、他者が、その人の自殺の試みを防ごうとすることは禁じられるのである。


 この立場は、少なくとも二つの反論に開かれている。まず最初に、生命の権利をもっているからといって、人は死の権利をもつ、つまり、自分の生命を奪う権利をもつということにはならないように思えるのである。私を殺すことを他の人々が道徳的に禁じられているからといって、私自身を含めた他の誰かかが、私を殺すことは許されるということにはならない。この結論は、生命に対する権利が譲渡できないものであるならば、もっと強力なものにできる。なぜなら、私が自分自身を殺すためには、私がまず私の譲渡しえない生命の権利を放棄しなければならないが、その放棄を私はなしえないからである(Feinberg 1978)。少なくとも、誰一人として人の死の状況がどうあるべきかを決定する権利をもっていないということも考えられるのである! さらに、所有権に基づく論証と同様、自己決定の権利も、他者に対する危害の可能性によって制限されるはずなのである。





   3.5 社会的・功利主義・役割ベースの論証



 自殺は許されるかという問いに対する第4のアプローチは、自殺行動に他者は干渉していいかどうかという点を問うのではなく、われわれは自殺する自由権(liberty right)をもつかどうか、つまり、自殺は他人に対する何らかの道徳的義務を侵害するかどうかを問う。自殺は他者に対するわれわれの義務を侵害することがあると主張する人々は、自殺は特定の他者(家族、友人など)に危害を及ぼしているか、社会全体に対する危害となっているという一般論を主張していることになるのである。


 確かに、家族の誰かや恋人が自殺するならば、多くの有害な心理的・経済的効果が生み出されるだろう。死につきものの悲しみに加え、近親者に自殺された「生き残りの人」は複雑な感情が入り混じる経験に直面する。自分は自殺した人の苦しみに一役買ってしまったのだという信念(a)、その人の苦しみを認識できなかったこと(b)、自殺行為そのものを防げなかったこと(c)などに由来する様々な罪悪感がよく見られる。さらに、自殺は、取り残された人々のうちに怒りや孤独や脆弱性の意識を生み出す。実は、自殺に対してよく見られる考え方の多くで支配的なのは、自殺は本質的に利己的な行為であるという感覚である(Fedden 1938, 209)。しかし、こうした反応が起こるのは、自殺が(世間的に)不名誉や恥に結びついているからだろうが、その場合、こうした反応は論証には使えない。もし論証に使うならば、自殺はこうした心理的な反応を生み出すから間違っているという論理的な循環論証を犯すことになるからだ(Pabst Battin 1996, 68–69)。さらに自殺は、自殺者が経済的に自立できない扶養家族をとり残す場合のように、経済的・物質的に明白な危害を生み出すことがある。自殺は、したがって、配偶者・両親・介護者・恋人に対して適用できる「役割義務(role obligations)」の違反として理解することができる。しかし、自殺が家族や恋人に対して有害だとしても、それで自殺に対する例外のない禁止が擁護できるわけではない。なぜなら、「生き残る人」を置きざりにしない自殺者もいるし、置きざりにする自殺者の中でも、危害の程度がまちまちでありうる――関係が親密であればあるほど、自殺は有害なものとなり、道徳的に間違ったものになりうる――からである。さらに、功利主義的観点から見ると、こうした危害は、辛かったり苦痛にみちた毎日を送ることによって自殺しようと思っている人々に対する危害も含めて、考量されなければならないだろう。(そうした点を考え合わせると)、自殺が家族や恋人に対する危害になるという論証からは、自殺は時として間違っているということしか立証されないのである(Cholbi 2011、62-64)。


 社会的論証のなかには、自殺が社会や国家に対する危害となると主張する点で、アリストテレスを引きつぐタイプのものもある。こうした論証の一般的な形態は、社会はその成員の経済的・社会的生産性に依存しているのだから、その成員は自分の社会に貢献する義務をもっているが、この義務は自殺によって明らかに侵害されてしまう、というものである(Pabst Battin 1996, 70–78, Cholbi 2011, 58-60)。例えば、自殺によって、その成員によって提供されるはずの労働が社会に与えられなくなるし、それが医療や芸術や政治的リーダーシップのような取りかえのきかない才能の場合は、そうした才能が提供できるはずの重要なサービスが社会に与えられないことになる。別の種類の論証には、個人が社会に対して(慈善、善行、道徳的な手本を示すなどによって)道徳的に貢献できるあらゆることを自殺は社会から奪ってしまう、と述べるものもある。しかし、社会が、その成員の労働や才能や美徳を求め、社会の繁栄に貢献することを強いるような道徳的権利をもっているという点を示すのは困難である。結局のところ、個々人は、労働や特別な才能という点でできる限りの貢献をしなくても、道徳的に非難されないこともしばしばあるのだ。したがって、自分自身に対する害を度外視して、自分にできるどんな方法であっても社会に貢献することを個人が道徳的に求められているとは思えないのである。やはり、こうした論証がせいぜい示しているのは、自殺は時として間違っているということだけである。死ぬことによってその個人が得る利益(将来こうむらないで済む害という観点での利益)が、死ぬことによって個人が社会に与えないことになる利益よりも小さい時、自殺は間違っていることになるのである。



 この論証の修正版には、自殺は個人が社会に対してもつ互恵的な義務を侵害するのだと主張するものもある(Cholbi 2011, 60-62)。この見解に立つと、個人とその個人が暮らす社会とは互恵的な関係にあって、社会が個人に提供する財貨と引き換えに、個人は、その関係が求める財貨を社会に提供するために生き続けなければならない、とするのである。だが、社会と個人の関係を本質的に契約に準ずるものと見なすという点で、この互恵性の論証は、大きな欠陥を露呈するのである。この「契約」の条件は満たされないこともあるし、また、一度充たされたとしても、さらなる義務を当事者に課すものではないからである。ドルバック男爵が指摘するように(Baron d'Holbach 1970, 136-137)、個人と社会の契約は条件付きの契約であって、「契約当事者間の相互の利益」を前提にしたものである。それゆえ、社会が契約にある義務を履行しないのであれば、つまり、個人にまともな生活の質のために必要な財貨を提供しないのであれば、個人は、社会が守らなかった取り決めのお返しをするために生きる必要は道徳的にはないことになる。また、ひとたび個人がこの社会との契約のもとで自分の義務を果たしてしまったならば、その個人は生き続ける義務をもう負わないことになるのである。だから、高齢者や、社会の繁栄に多大な貢献をしてきた人々は、この論証のもとでは、自殺をすることが道徳的に許されることになるのである。





  3.6 道徳的義務としての自殺は存在するか?


 いままで、われわれが問題にしてきたのは、自殺行動をすることを許すような道徳的理由が存在するかどうかに関わる論証だったし、実際、自殺についての倫理的議論を支配してきたのはこの問いであった。しかし、自殺に反対する社会的な論証は基本的に結果主義的であるのだが、ある種の行為-功利主義者はそれと対照的な可能性を論じてきた。つまり、自殺の好ましい結果は自殺の悪しき結果を凌駕するので自殺は望ましいし、それどころか道徳的に義務ですらあると論ずる功利主義者がいるのである(Cosculluela 1995, 76–81)。実際、自殺が立派であるような場合もある。明らかに利他的で、他者の生命や幸福を守ることを目指したり、政治的プロテストを目指す自殺が、このカテゴリーに入るかもしれない(Kupfer 1990, 73–74)。この手の例としては、(仲間の兵士を救うために)自己を犠牲にする兵士や、重要な軍事機密の暴露につながる拷問にかけられないように自らの命を絶つスパイなどが挙げられるだろう。功利主義者は終末期の安楽死の問題に特別の関心を払い、少なくとも、苦痛に満ちた末期の病いに侵された人は、自発的な意思に基づく安楽死(voluntary euthanasia)に対する権利をもつと主張してきた(Glover 1990, chs. 14–15, Singer 1993, ch. 7)。功利主義的な見解によれば、われわれは幸福を最大化する道徳的義務をもつが、そこから、自殺行為が生き続けるよりも多くの幸福を生み出すならば、自殺は道徳的に許されるだけでなく、道徳的に必要でもあるということになるのである。



 しかしながら、「死ぬ義務」が存在するというテーゼは、結果主義的であったり功利主義的であることが明らかな論証に訴えることで擁護される必要はない。哲学者のジョン・ハードウィック(1996、1997)は、生命倫理に対する「家族中心的」と彼が呼ぶアプローチにおいて次のように主張した。つまり、ある人が生き続けることによって、他人、とくに家族や愛する人に対してかける負担は時にとても大きなものになるので、そうした負担を減らすために、その人は死ぬ義務があるのだと。ハードウィックの論証は、ある人が生きるか死ぬかに由来するコストと利益の全体的なバランスにではなく、ある人が生き続けることによって他人にかける負担の公平性に軸足を置くものだ。



 自殺が倫理的かどうかの議論において他者に対する義務が無視されてきたというハードウィックの主張をだいたい認めながらも、自殺は道徳的に必要だという見解に批判的な人々は、ハードウィックの問題提起に対して多くの異論を提起している。(Hardwig et al. 2000, Humber & Almeder 2000)。ハードウィックは善行への義務に訴えているが、生き続けることが他者にとって重荷となるとき、その善行への義務が自分自身の命を絶ってもよいという許可以上の強力なもの(つまり、自殺の義務という強い考え方)を正当化するという考え方を疑う者もいる(Cholbi 2010B)。また、自殺が道徳的に必要なものだということになると、個人が自分の意に反して自殺せざるをえなくなる不吉で全体主義的な見方が高まるのではないかと心配する人もいる(Moreland & Geisler 1990, 94, Pabst Battin 1996, 94–95)。このような心配を抱く人は、生命は神聖であるという見解を暗黙のうちに受け入れている人かもしれないし(セクション3.2を参照)、個人の自律性にたいする侵害に懸念を抱いている人なのかもしれない(セクション3.6を参照)。死ぬ義務が存在しているとしても、その義務は、自分の命を絶つ義務をもつ人を強制してもよいとする義務として理解されるべきではない、と主張する批判者もいる(Menzel 2000, Narveson 2000)。社会正義と平等についての問いかけ(たとえば、女性や貧困層のような弱者のほうがそうした義務に基づいて行動する可能性が高いのではないかという問いかけ)もなされている。こうした異論に対する一つの功利主義的な答えは、ルール功利主義的根拠に基づいて死ぬ義務を拒絶することである。つまり、自殺が道徳的に禁止されるのは、自殺を禁止するルールに誰もが従うならば、自殺を許可するルールに誰もが従う場合よりも、全体としてより良い結果が生み出されるからだ、とルール功利主義は答えるのである(Brandt 1975, Pabst Battin 1996, 96–98)。



  3.7 自律性、合理性、責任


  われわれは自殺に関しては非干渉の権利を有するという主張のもっと制限されたバージョンによると、自殺が理性的に選択されている限り――他者に対する義務の問題は脇にどけておくと――自殺は許されるとされる。同じようにカント主義者ならば、自殺の選択は、その選択が自律的であるならば、尊重されなければならない、つまり、もしある個人が自分の置かれた状況にとって相応しいと認める理由に基づいて自分の生命を絶つことを選択するならば、その選択は尊重されなければならない、と主張するだろう。こうした立場は、理性的な根拠に基づいて(または、個人が自分の状況にとって相応しいと認める理性的な根拠に基づいて)なされるときに限り自殺を許容し、理性的な根拠に基づいてなされない場合に限り、他者が干渉するのを許容するという点で、リバタリアンの見解よりも狭いものだ。


 理性的な自殺の可能性にとっての最初の難問は、自殺というものは、自分の生命を絶つ選択なのだから、それは必然的に非理性的だという考え方である。ここで考えられていることは、自殺が理性的だと矛盾なく判断するには、生きている(あるいは、生き続けている)状態と死んでいる状態を比較することが求められる、ということである。しかし、死んでいる状態については誰も十分な知識をもっていないのであるし(Devine 1978)、自殺する以上、自殺者は楽しみに期待する未来を何らもっていないわけであるから(Cowley 2006)、自分の生命を断つことが理性的であるという判断は、矛盾しているか見当はずれな判断だということになる。


 近年、この「二状態」の必要条件(死が理性的か非理性的かを判断できるのは、生きている状態を死んでいる状態と比較することが可能である場合に限られるという要求)は、多くの人々によって拒絶されてきた。とくに、自分の生を絶つという決定が理性的であることは、生きている価値と死んでいる価値によって解釈される必要はない、とされた(Luper 2009, 82-88)。自分の生を断とうと考えている人々が考慮していることは、自分の生の長短であって、リチャード・ブラント(Richard Brandt)はそのことを次のように述べている。


 自殺を考えている人は、これから起こるであろう世界の諸々のあり方のどれが良いかを選択しているのである。たとえば、いまから一時間後の、自分の死亡を含む世界のあり方と、もっと後の時点で自分が死亡することになるいくつかの可能的な世界のあり方を選択しているのである……。どの世界のあり方が自分にとって最良か、どれが自分が選択するのに理性的かを決めるために人が答えなければならない根本的な問いは、情報が最大限に使用でき、自分の望みのすべてが考慮されるという条件下でならば、自分はどの世界のあり方を選択するだろうか、という問いなのである(Brandt 1975)。



 ゆえに、この見解に立てば、自分自身の死についての理性的判断が求めるのは、現在の世界のあり方のもとで自分の生が続いた場合、その生が全体的にどれほど良いものとなるかという点と、現在の世界のあり方以前に自分の生が終わっているならば、その生が全体的にどれほど良かったかという点を比較することなのである。この見解は、人が死のうと決断することがどの条件でならば理性的になるかという点を確定しようと努めた哲学的な論文を大量に生み出した。こうした文献のほとんどは、理性的な自殺の条件を二つに分けるのだが、その二つとは、自分の置かれた状況に対する個人の評価が理性的で充分な情報を与えられた上でのものであると確約する認知的な条件(cognitive conditions)と、自殺が個人の熟慮された利害に合致していると確約する利害条件(interest conditions)である。

 
 このアプローチを取った一人にはグレン・グレイバー(Glenn Graber)がいる。 グレイバーは、自殺が理性的に正当なのは、「その人が置かれた状況を理性的に評価すれば、その人は死んだ方が良いことが明らかである場合である、と述べている(Graber 1981, 65)。グレイバーによると、評価が理性的であるのは、自殺が、ある人の現在およびこれからありうる価値観と選好を含む全体的な利害を促進するのかそれとも妨げるのかについての明瞭な検討に由来している場合である。マーガレット・バッティン(Margaret Battin)は、理性的な自殺には三つの認知的な条件が必要であるとし(因果的および推論的論証の能力、現実的な世界観の所有、決定に関連する情報が十分あること)、さらに、利害条件も二つ必要だとした(死ぬことで、将来の害が避けられることと、死ぬことがその人のもっとも根本的な利害や態度に合致していること)(Pabst Battin 1996, 115)。


 自殺者のほとんどは、全体的に理性的でないという徴候は示さないものだし、ましてや法的に定義可能な狂気の徴候は示したすることはせず(Radden 1982)、自発的に自殺行為に取りかかる。しかし、こうした事実は、自殺行為に取りかかる選択が理性的でないことと矛盾はしていないのであって、自死の実際の例において理性的自殺の条件が充たされるのはどれほどあるのかという点について重大な疑問を投げかけることができるのである。実は、理性的自殺が可能であるならば、自殺する個人の理性的自律性についてある種の前提が成り立っていることが必要だが、それは多くの場合において成り立っていないかもしれないのである。自殺行為をしようとするある人の選択はその人の熟慮された利害を反映したものではないこともありうるし、その人が自らに与えた死が、もっと落ち着いて頭脳が明晰である時には尻込みしてしまうような行為であるかもしれない。言い換えれば、かりに自殺する権利が存在しそれが理性の自律性に根ざしているとしても、そのことが自殺する権利を含意するのは、人が死ぬ決断を最低限の理性的な根拠に基づいて下すときに限られるのだが、人の理性的自律性を危うくするような要因は数多くあるのであって、だから、自殺行為に取りかかろうとする決断はその人の熟慮された価値観や目標を反映したものではない場合もある。これらの要因のなかには、自殺をすべきかどうかについての検討を認知的に歪めてしまうものもある。多くの自殺者は、自分の死のために延々と時間をかけて計画するが、自分の生を終わらせる最後の決定はしばしば衝動的であり、自殺者が内心に抱えている激しい心の傷や、気分の変動や動揺に傾斜した瞬間を反映することもある(Cholbi 2002, Joiner 2010, 70-84)。自殺者はまた自分の死が最終的なものだということをすっかり認めることに困難を感じる場合もあり、(死後の世界は存在しないと思いながら)自分は死んだ後でも意識的経験の主体であり続けると信じているのである。


 
 とくに厄介なのは、自殺念慮とウツ病などの精神疾患との間にある明白な関連性である。この関連性がどれほど強いものであるかについては意見の相違は今でもあるが (Pabst Battin 1996, 5) 、ウツの症状やその他の気分障害の存在が自殺行動の可能性を大きく増大させることについてはほとんど疑いは存在しない。ある自殺の研究によれば、自殺者の90%以上が死亡する前にウツの症状を示したとされるが、別の研究の推計では、一般人口に比べて通院を必要とするようなウツの症状を抱える人々の間には、自殺の発生は少なくとも20倍も高いとされる。ウツ症状と関連があるとされた自殺の場合では、個々人の死に対する態度は、その人の人生の状況(キャリアの見通し、人間関係等)についての強烈なまでに否定的で、しばしば歪んでもいる信念によって色づけられている。ブラントが述べたように(1975)、ウツの症状は「その人の知的なプロセスを低次元なものにし」、これから起こりうることについての粗雑な評価を生み出し、今後起こりうる良好な事態よりも現在の苦しみにのみ不合理なまでに目が向くように仕向けるのである。自殺したくなるほどのウツ状態にいる人々は、自分の死が及ぼしうる結果についてロマンティックで壮大な信念を示すこともある(殉教や復讐などの妄想)。さらに、自殺者は行為に踏み切ることにためらい、他者が介入することを望み、他者に対して介入するようなシグナルを送るものである(Shneidman 1985)。最後に、同じ個人が自殺の試みを繰り返すことはよくあることだが、自殺行動への衝動はしばしば一時的であり、自然と消えていくものである(Blauner 2003)。以上考察したことをまとめると、十分な情報をもち理性的な判断の末に自己評価をしたと純粋に言えるような自殺行動は稀であるかもしれし、自殺が理性的であったり道徳的に許容できるのはほんの時折のことにすぎないのである。さらに、自殺は、個々人が自分自身の幸福について理性的に評価したことの表現ではないことがしばしばあるならば、そのことは、他者が自殺行動に干渉してよいとする明白な理由をもつことになることを示唆しているので、自殺行動には干渉してはならないという一般的な権利は存在しない(there is no general right to noninterference)ことになるのである。




」(おわり)










妄想-生き延びる戦略(序論) [翻訳]

 以前、Edward M. Hundertの論文の4/5にあたる部分の翻訳を、「妄想-生き延びる戦略」(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-09-29-1)と題して、アップしたことがある。しかし、当然ながら残りの1/5の部分もいつかアップしようと思いながら、先延ばしをし続けてきた。遅ればせながら、その部分をアップしたいと思う。

問題の論文は、Manfred Spitzer,Friedrich Uehlein, Micheal A. Schwartz, Cristoph Mundt (ed)“Phenomenology,Language & Schizophrenia”(1992) 所収の以下の論文で、今アップするのはその冒頭の部分である。

 Edward M. Hundert : The brain's capacity to form delusions as an evolutionary strategy for survival.


「 生き延びる進化的戦略として妄想を形成する脳の能力
                 
                  エドゥアルト M.ハンダート

1 . 序論

 妄想は、長い間、精神病の顕著な特徴の一つと考えられてきた。自分は世界を救うためにやってきたイエス・キリストなのだとか世界を破壊するためにやってきた悪魔だとか信じ始めるとき、そういう人々はすぐに「精神病的」というレッテルを貼られ、何らかの精神科の治療が必要だと考えられるのだ。歴史を通して、そうした人々は、魂が悪霊にとりつかれてしまったとか、精神構造が劣化したとか、脳の機能が上手くいかなくなったとか、妄想が表わしていると想定される「病的現象」を説明するために他にいかなるパラダイムが用いられようと、そのような理由をつけて汚名を着せられ共同体から追放される憂き目に会ってきた。


 現代の生物学的なパラダイムは、妄想の座を説明するのに「壊れた脳」に目をやるのだ。そうした精神病理学的な徴候を神経生物学的な失調によって概念的に説明するのは簡単なことだ。現代の研究者たちは、脳をスキャンするための入手可能なあらゆる装置を使って、妄想を抱く患者のことを積極的に研究している最中だ。これまでの所、決定的な結果は何ら得られていないのだが、このことは、「損傷」部位がいつかは発見されるかどうかについて悲観的になる理由としてではなく、人間の脳がいかに複雑であるかということを思い知らせてくれるものとして受け取られている。結局のところ、「壊れた脳」は、解剖的なレベルであれ、生理的なレベルであれ、分子遺伝学的なレベルであれ、どこかが壊れているに違いない、と考えられている。妄想を引き起こす失調箇所が発見されるのは時間の問題だ、と研究者たちは言うのである。


 しかし、われわれの生物学的なパラダイムの中心を形成する人間の脳は、それ自体が、原因であるとともに結果でもあるのだ。脳は何百万年もかけて自然選択のプロセスを通して進化したのであり、そのような進化のプロセスにおいて特別な地位を得るにいたったのだ。実際、生殖器官と並んで、脳はわれわれの絶えず続く進化に対してもっとも責任をもつ器官である、と言っていいだろう。というのも、再生産可能な年齢においてわれわれのサバイバルを阻む多くの予測できない問題を解決するのは脳だからである。この(アメリカ国立衛生研究所(U.S.National Institutes of Health)の命名によれば)「脳の10年間」において、われわれは、脳の奇跡にも等しい可塑性や、運命の打撃にもめげずに生き延びていくための無数のメカニズムについての新たな発見があるたびごとに、ますます驚嘆の度合いを深めてきた。人間という種が次世代も生き延びることができるように、しばしば敵対的な世界に適合していくのは脳の責任なのである。


 もし脳が、適応のための巧妙なメカニズムの多くを通してサバイバルの確率を最大化するように進化してきたならば、妄想を形成する脳の能力もそうしたメカニズムの一つなのではないかと問いかけてみたくなるのも当然だろう。精神病理学についての生物学的な見解を取るからといって、妄想はMRIやPETやEEGによって発見されるべき脳の病理学の一形態なのだという仮説を受け入れなければならないというわけではない。身体を生かしておく(これは脳の使命である)複雑な方法を発展させてきた脳に焦点を合わせる別の生物学的仮説もあるのであって、そうした複雑な方法の一つが、個人が現実と接触する仕方を変更する(その個人にこの病気に対する「治療」を必要とする「精神病の患者」というレッテルを貼らせるような仕方で変更する)というメカニズムであるかもしれないのだ。


 この別の仮説は、臨床的、哲学的または進化論的観点から見ることができるが、そのような観点を採用する前に、手短かなケース・スタディーを紹介することで、以下の議論にとっての問題点を明瞭なものにしておきたいのである。
 



虚構を考え直す(5) [翻訳]

物語りの課題
 終わる前に、自伝的なエピソードにもう一度手短かに立ち戻る方が、今述べたことをもう少し明確にしてくれるかもしれない。私は、講演での発表に先立つ数日間に娘のことや父親との車での帰宅のことについてもっと考えるようになるにつれて、なにか洞察のようなもの、つまり,私自身の過去のある側面についての理解とも言えるようなものを得た。何らかの関連があるということは十分ありうる、ヴァンで家から遠ざかっていった時私が娘にどう反応したかということと私の大学二年生が終わった夏に何が起きたかということの間には何らかの――心的な性格の――関連があるということは十分ありうる、ということに私は気づいた。つまり、その時が最後になりうるし、いつだって最後かもしれないということである。多分、より以前に受けた傷のほうが、私がしばしば想定する以上に生々しく記憶に残っていて強力で、意識の周辺部分に、私が大切にしている人々についての私の考え方や感じ方にある種の脆さや不確かさを生み出していたのである。


 私はこのことを、「何が何を生み出した」という観点から、ほとんど因果的なセッティングのもとで述べてきた。しかし、鍵を握っているのは物語的な次元なのである。後に起こった出来事のおかげで初めて、それ以前の出来事について、そして両者の間の可能的な関係について新たに考えることが可能となったのであるから。


 あの数日間の間に起こったことは、私が洞察と呼びたいだけではなく、一つのありうべき真理、自伝的な自己理解へのありうべき一つの入り口――それは一時的でまたいつかは変更されるかもしれないが――とも呼びたいようなものであった。この種の解釈は、自伝的な物語においてはごく普通のことだが、正確さとか忠実な再現とはなんの関係もない。対応説的見解はこの文脈では全く意味をなさない。しかし、整合性という観念も大して役に立たない。自己欺瞞的な人々が、しばしば声高にそしてはっきりと、示しているように、自伝的物語は完全に整合的でありながら、至る所で妄想的でありうるのである。それにもかかわらず、時として洞察と自己理解は可能であるように見える。そしてもしこういう事が可能であるならば、真理が加える重み、真理が宿る領域というものが、やはりあるのだ。自己理解と、それがしばしば生み出す種類の真理はいったい何にかかわるのかという問いに関して言えば、私としては、やはりここでも、詩的なもの、詩やフィクションといったものの方に向かってしまうのだが、それらは、しばしば世界を意味づけようと試みているのであり、それに形式を与え、ただ単に興味深いとか整合的であるのみならず、聞くに値するようなものを言おうと試みるものだからである。どうも、良い詩や小説は――そして自伝も――真理を語ることができるように思われる。ローレンス・ランガー(Lawrence Langer)は、この書物の彼のうけもちの章で、フィクションとノンフィクション両方の力(偉大な作家の手になる場合にとりわけ感じられる力)に言及している。より多くの想像力と芸術家としての手腕が発揮されればされるほど、真理を語る可能性は高まる、と彼は示唆しているように見える。こうしたことがどうして生ずるのかを言うのは難しい。


 講演会の最中に、ボブ・ニーマイヤーの発表に対してある人がした質問を、ボブは次のように問いかけることで言い換えた。つまり、物語りについてどれほど真面目に考えているのかと言いたいのですね、と。彼はこの問いかけに対して、「面白半分の」アプローチで答えようとした。つまり、どれだけのことが出来るのか見たいだけなのだ、と。私はこの観点に共感している。しかし、私自身の答えは少し違っている。次のように言ったとしても強引な言い方にならないだろう、つまり、物語られた人生は吟味された人生なのだ、そこで人は、流れゆく物事から一歩退いて、自分の存在についてもっと自覚的になろうとしているのだ、と。こうした考え方に沿うならば、自伝的物語りは、何がいつ起きたのか等々に関わるだけでなく、いかに生きるか、今の人生が良い人生であるかどうかに関わるのである。


 したがって、真理の重みと私が呼んだものは、部分的には認識的であり部分的に倫理的である。想起、またはアナムネーシスの古典的な概念はそれ自体、この二重の責務に関わるものである。一方では、語り直し理解することに関連がある。しかし他方では、時として忘却的な人生においてとても意義深く価値があるものを集めて、思い出すということに関連する。これは、リムジン型のヴァンに乗って家から遠ざかったり、日常の仕事や関心事に没頭するあまり、あまりにしばしば見ずにすごしていた人々を見るときに経験するような真理なのである。後で判明したことだが、ブレンナの病気はそれほど重いものではなかった。ありがたい事に、結局ストーリーと言えるようなものはなかったのである。


 自伝的物語りにおいて、真理というカテゴリーはとても複雑なものとなる。虚構/現実という対概念が伝えがちなものよりもはるかに複雑なのである。この論文でこれまでに論じてきたことが、何故そうなのか、そして何故その対概念を超えて考えることが重要なのかを示してくれていることを私は望む。 



虚構を考え直す(4) [翻訳]

記憶とポイエーシス


 今述べたことをすべて具体的にするためにマルセルの旅の概念にもう一度立ち返ろう。今度は、しばらく前に私がした、そして最近それについて書く機会に恵まれた現実にあった旅のことに言及したい。手短かながら、またしても自伝的な逸話に触れることをご容赦いただきたい。(私は、これが危険な領域であることは十分自覚している)。

 思春期の数年間、私の父と私は、良好ではあるがどこかぎこちない関係にあった。父は、時には厳格で少し我慢しきれないような素振りを見せることもあり、私は、基本的には、髪の毛を伸ばし放題で、権威なんて糞食らえという気ままなヒッピーだったので、時としてそれほど好ましい取り合わせにはならなかった。私の兄たちは年が離れていてしかも非常に成功を収めていたので、それとの比較で言えば私が理想からかけ離れているように見えたことは確かである。ともかく、大学の2年の終りに(その頃までに、私は自分の学業と世界について前よりいく分かは真剣になり始めていた)、父は夏休みのために私が荷づくりするのを手伝ってくれて、私を車で家まで送ってくれた。実に、実に久しぶりに――ひょっとしたら、生涯で初めて――私たちは語り合った。多くの、様々なことについて。楽しい時間だった。私は、その時のことを触れ合いと償いの時であるように考えるようになった。それは、信じがたい出来事だったわけではない。抱擁するとか、過去の罪を詫びるとかそんなことをしたわけではないが、父は、父なりの熟慮した仕方で私の存在を基本的に認めたのであり、私に対してO.K.だよと言ってくれたのだ。私も同じことをした。家についたら、私は外出して、友人たちに会いに行ったように思う。

 一ヶ月後、家から数時間離れたキャンプ場で仕事をするために家を離れたときが、私が父を見た最後の時だった。彼は55歳だった。

 私の父があの運命的な夏以降も生き続けていたならば、あの二人で帰宅したドライブは、一つの出来事として脳裏に刻み込まれることがあったかもしれないが、そうでないこともありえたかもしれない。ドライブで帰宅する機会は別に何度もあっただろうし、別に接触する機会もあっただろうし、すれ違った機会もあっただろうし、おそらくもっとずっとあっただろう。それゆえ、そうなれば、あのドライブは単なる「一つの素敵なドライブ」にすぎなかっただろう。しかし、実際は、それは極めて意義深い出来事だったし――私が遭遇したいかなる出来事よりはるかに意義深い出来事だった。実は、あのドライブは、私の過去における記念碑的な出来事(monument)のようなものになったのだ。

 
 これには何ら幻想的なものはない。記憶は、以前の直接的な経験に立ち戻ることではない。また、出来事に意味を与えるようにして物語りを構成することが問題なのでもない。意味ある出来事を引き出して、それ以降にやってきたもの(当然、やって来なかったものも含まれるが)の結果として初めて現れる意義を仔細に明らかにしようとすることなのだ。いずれにせよ、肝心な点は、わたしたちが時計の時間にのみ生きているわけではないということである。わたしたちはまた物語りの時間にも生きているのであり、この時間を通して、以前には見たり感じられなかった物事を見たり感じたりすることが時として可能になるのである。


 ここで、但し書きを加えておこう。私がこのエピソードやその意義を組み立てることには構成的な側面、想像する(imagining)という側面があることは疑いえない。ヴァレリー・グレイ・ハードキャッスル(Valerie Gray Hardcastle)やキャスリーヌ・ネルソン(Katherine Nelson)に倣って、ポイエーシスという意味での意味制作(meaning making)のプロセスと呼んでもいいかもしれない。フィクションの概念が、単に、構成あるいは意味制作を指し示すものと受け取られるならば、反論すべきことはあまりないのだ。問題なのは、やはりまた、虚構的なものという観念が、非虚構的なテクストに適用されるとき、幻想なり現実的なものの変形という観点から見られるようになるときなのである。


 ハッキングの研究がここでは有益だろう。マルセルと似てないこともないが、彼が反省をめぐらしているのは過去の非決定性についてであり、記憶の非決定性ではなく、「実際に人々がしたことの非決定性」であると、彼は念を押している。問題は、過去についての発見がますます増えるということではなく(明らかに、そういうことも時にあるけれど)、「わたしたちが諸々の行為を新たな記述のもとで提示する」ことなのである。ハッキングは続けて次のようにいう。「わたしたちにとって重要なことは、いまそう思えるほどはっきり定まったことではなかったのかもしれない。わたしたちが自分のしたこと、他人がしたことを思い出すとき、わたしたちは過去を考え直し、記述し直し、感じ直しているのかもしれない。そのような再記述は、過去について完全に当てはまっているだろう。つまり、それらは、いまわたしたちが過去について主張している真理なのだ」。


 この文脈で注意して欲しいのは、これらの真理が現れるのは物語りの時間(過去の風景をふりかえって見やる時間)において、そして物語りの時間を通してであるにもかかわらず、ハッキングが語っているのは、スペンス及びルドウィックその他のような「物語的な真理」ではない、ということである。彼は端的な真理について語っているのであり、真理とは何であるかについてのわたしたちの感覚を、過去の不連続な出来事を表わしているものの彼方に連れ出すことによって、その感覚を拡大せよと促しているのである。ここで考慮されているのは、過去を語ることに含まれる物語りと詩的なプロセスによって使用可能となる真理なのである。


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虚構を考え直す(3) [翻訳]

ナラティヴ・タイム(物語りの時間)

 
 私はここで小休止をとり、またもやかなり著しくギアを変えようと思う。このエッセイのこの地点までの部分は、この書物{“Narrative and Consciousness”}のもととなった講演会に行くためにヴァンに乗り込んで空港に向かう時にはもう出来上がっていた部分であった。別の部分も書いたが、今皆さんが読んだ部分がその時までに私が印刷に回していたもので、基本的に同じ方向に進んで行こうと私は想定していた。計画としてはそうだった。

 しかし、事態はもっと複雑になった――実際、とても複雑なので、空港に向かう道すがら、私は残りの部分はかなり違うものを書こうと心に決めた。講演会に向けて出発する2~3日前に、12歳になる娘でとても素敵な子どもであるブレンナが朝起きると、ほとんど話すことができない状態になっていた。目が充血していて、肺が悪そうで、少し顔が紅潮していた等々。おそらくウィルス性の肺炎であることが判った。

 私はここで過度に感傷的になろうとは思わないが、自分の子どもがひどい病気にかかっているのを見るのはとても辛いものがある。ブレンナはまず弱々しく青ざめていた。彼女が縮こまって毛布にくるまり、顔だけを出してTVの方を見ているが、目がどんよりしてか細く「おはよう」とつぶやく様を見ると・・・・・・そんな姿を見て胸が潰れるような気持ちにならないではいられなかった。

 
 肺炎という診断が出てからの2日間、私は四六時中騒ぎ立てていたわけではなかった。医者はとくに心配していたように見えなかったし、概していつもと変わらない生活だった――過度の心配(重要だとはいえ、「物語り」のために苦しんでいる家族を置き去りにすることに対する罪悪感は言うまでもなく)がいつも心に居座っていたが、いつもの日々と大層変わったことはなかった。しかし、翌日の夜、妻と私は、夜10時のニュースを見ていて、ボストン(我が家から車で1時間もかからない)の10歳の女の子が突然死んだということを知った。その子はインフルエンザのような症状があり、前日に病院に運ばれていたのだが――そこでは通常の症状から外れたものは検知されなかった――彼女の若い体が蝕まれ破壊されるスピードを考えると不可思議としか言いようがないのだが、死んでしまったのだ。ニュースキャスターが彼女の運命のおさらいをしている中、彼女の美しい笑顔がTVスクリーン上の小さなボックスに映し出された。それは、多分、学校の集合写真の一つで、みんな日曜日用の洋服にクリップ留めネクタイをしていた・・・・・・


 彼女がかかったのはとても強力なバクテリア性の肺炎であることは明らかだった。他の生徒の体からはほとんど問題は検出されないでしょうと、TVに出演した医師は説明した。また、こうしたことが起こるのは極めてまれです、とも。時にあるこういう悲劇は、ただただ運が悪かったとしか言えないことなのです、とその医師は続けて述べた。受容力のある身体が恐ろしいバクテリアと出会い、ほんの一日前は元気だったのに、約数時間で少女が死んだ。しかしこれは極めて、極めてまれなのです、とその医師は繰り返した。そして、それはウィルス性ではなく、バクテリア性であることも繰り返した。


 それは、テキサスのラボックの乾燥した平原に向けて旅立つ前日に見るニュースとしては好ましいものではなかった。ブレンナがかかったのはウィルス性であってバクテリア性ではないという医師の見立てはどれほど正確なものだったのか? ブレンナは、言葉では言えないほどの敵意を持った細菌に対してあまりに易々と宿主となってしまうような非常にまれな身体の持ち主でないと、どうして私たちは知ったのか――そもそも、そんなことを私たちは知っていたのか? 等々の疑問が頭をかけめぐった。


 翌日、彼女は少し良くなったように見えた(あるいはそう私は自分に言い聞かせた)。少なくとも悪化したようには見えなかった。実際、前日ほど神経をすり減らような朝ではなかったし、私は実際以上に劇的にしようなどとはさらさら思わない。しかし、妻とブレンナが玄関のところに立ち、多分私の方を見ている姿を見たわずかな時間の間に、事態は変わった。多分と書いたのは、妻とブレンナが、リムジン型のヴァンのツヤ消しガラスの背後にいる私を見ることができたかどうか私には判らなかったからである。私が手を振っても、手を振り返してくれなかった。妻とブレンナは、ひとりは背が高く血色が良い顔をして、もう一人は背が低く青白い顔をしながら、そこに立っていたが、二人は直ちに視野から消え去った。

 
 私の心の目に刻み込まれた、あの朝の、あの画像の意味は何なのだろう? 実は、私はそれを知らなかった。知ることはできなかった――つまり、さらなる経験がやってきて、それに一定の意味を与えるまでは、知ることはできなかった。これは、フィリップ・レヴィンが言ったように、一種の原ナラティヴ(protonarrative)、いまだストーリーという形をとっていないストーリー(a not-yet story)、語られることを待っているストーリーなのであった。私が出発したとき、万事は未決の状態で、私としては、私が最終的に語るストーリーがハッピー・エンドになってくれることを願うばかりであった――それでは刺激的ではなくなってしまうだろうけど。そのストーリーがどうなるかは、未来にかかっていたし、それからの数日間に起こるかもしれないことにかかっていた。


 
ガブリエル・マルセルは次のように書いた。



 「私たちが実に簡単な物語り、例えば、自分のちょっとした旅行についての物語りを友人に語るとき、何が起こるか考えてみよう。旅行の物語りとは、その旅行をはじめから終りまで体験した人によって語られるわけだが、その人は、その旅行の最中に得られたかつての経験を、それ以降の経験によって色づけられたものとして見ざるをえない。なぜなら、その旅行が結局どのようなものだったかの最終的印象が、その旅がこれからどうなっていくのかの最初の印象の記憶に影響を及ぼさざるをえないからである。しかし、私たちが実際に旅行をしている最中や旅行し始めたばかりの時、こうした最初の印象は、まだ起こってはいないあらゆることに対する不安に満ちた期待によって、コンパスの針のように小刻みに震えるものとして捉えられているからである」。


 マルセルは、現在なるもの――現在の経験――は完全に不確定であるとか無意味であるとか言っているわけではないし、私もそう言いたいわけではない。そんなことはないからである。彼がここで言っていることは、現在は、その意味や意義が見きわめられるには、未来を待たなければならないということである。あるいは別の言い方をすれば、経験の意味や意義は、回顧的に、つまりその経験が進行する物語りにおける一つのエピソードとしての位置を占めるときに、現れたり形を変えて現れることがしばしばあるのである。

 
 時として、われわれの記憶が、われわれを過去のようなものに、過去と感じられるものに、つまり、かつて現在としてあった過去に連れ戻すことがあるが、これこそ追体験(reliving)というものである。しかしながら、それよりも、ある出来事のみならず、自分自身の過去の意味ある期間――いわば、ある章を――を理解しようと試みるときは、かつてあったものを、まだ未決で意味も定まっていない状態のまま「捉え直す」ことを試みているわけではない。むしろ、わたしたちは現在の観点から過去を解釈しているのであり、過去が現在のこの瞬間にどう貢献しているのかを定めようとしているのである。このような規定は、現在のこの瞬間がこない内は、なされることがないであろう。


 このことは、わたしたちが過去を正確に取り戻すことがないという事実のために、過去を歪めたり偽造している、あるいは過去に対してそこに属していないような意味を押しつけているということを意味するのだろうか?  いや、必ずしもそうとは言えない。わたしたちがしていることは、思い出し物語ることであるが、それが意味するのは、過去の経験を、それ以降に生じたことに合わせて、そしてそれとの関係において、物語る行為がなされる今という時点から再三理解されたものとして位置づける――書き換える――ことなのである。デイヴィッド・カーが簡潔に述べたように、「物語りは物語るという行為を要求する・・・物語りの語り手の立場にとって本質的なのは、事後的に判断できるという利点であり、・・・物語られる出来事以降の立場だったり、それを超えた上の立場だったり、その外側の立場だったりを占めることによって確保される現在という制約からの自由なのである」。



 さて、「現実」なるものが直接的に与えられる経験に等値される限り、自伝的回想は現実の「歪曲」として、偽造として見なされるしかない。しかも、真理がこの現実を模倣するものであると理解されるならば、今度は、自伝的回想が虚構と見なされるしかなくなる。最後に、現実も真理も直線的時間によって、あるいは時計の時間――これが起こり、これが起こり、これが起こり、われわれの経験はカチカチ音をたてながら順次進んでいくだけである――によって述語づけられるならば、やはりまたしても、自伝的な試みはすべて、ガザニガが述べたように「絶望的なまでに創作的」であるという身分に運命づけられている。あの一瞬一瞬カチカチと音を立てながら進む時間に戻って、それがかつて現実にあったように語る可能性はないのだから、自伝――拡大して言えば、自己を反省するプロセスそのもの――は幻想にしか行き着かないだろう。進化論的な言い方をすれば、わたしたちは生まれついての嘘つきであるようだ。またしても、自己意識の存在そのものに責任があることになる。この状況は奇妙としか言いようのないものだ。

 しかし、ある種の混同が働いているのである。物語性(narrativity)は、構成されたものであるがゆえに、虚構性(fictionality)にリンクされるのであり、構成されたもの、詩的なものは真ではないものになるのである。おまけに、解釈というプロセスそのものが、この観点から見れば、理解の手段としては疑わしいものになってしまうのである。


 私がしようと思っているのは、この観点を超えて思考することである。そしてそうするための鍵は、時計の時間(clock time)を超えて、物語りの時間(narrative time)のうちに真理の問題を再考するための突破口を見ることにある。

虚構を考え直す(2)  [翻訳]

真理の問題

 
 しばらくギア・チェンジして、いま挙げた論点をナラティヴと意識の問題にもう少し近づけてみよう。「私たちは、私たちの人生という虚構については実際知っているし、知りたいと思うべきなのだ」と、マイケル・J・ガザニガ(Michael S. Gazzaniga)は『精神の過去(The Mind's Past)』で書いている。「だから私は、この本で、私たちの精神と脳が自分の過去を構成するという驚くべき偉業をどのようにして達成するのか、またそうするとき、いかに自我の幻想を創造するのかについて書いたのである」。「出来事の再構成は」と彼は続ける。


 「知覚に始まり、方々を経由して人間の推理に達する。精神は物事を知る一番最後のものなのだ。脳が出来事を算出したあとに、「わたしたち」という幻想(つまり、精神)がそれに気づくのである。脳、とくに左脳は、脳がすでに加工したデータを解釈するために作られている。左脳には特別なデバイスがあり、それを私はインタープリター(interpreter)と呼ぶのだが、それは莫大な数の自動的に起きる脳のプロセスが完了するやさらにもう一つの活動を実行する。脳の情報連鎖の最後をなすデバイスとしてのインタープリターは、脳内の出来事を再構成して、そうしながら、知覚や記憶や判断からはっきり誤りと判るものを作る。我々がいかに作られているかという問いに対する手がかりは、こうした諸機能を成し遂げる驚くべきほど堅固な能力にあるのみならず、再構成の際にしばしばなされるエラーにもあるのである。伝記は虚構である。自伝は絶望的なまでに創作的である」。


 インタープリターは「わたしたちの個人的ストーリーがバラバラにならないよう」にしている、とガザニガは続けて説明する。「それをするために」と彼は主張するのだが「わたしたちは自分自身に対して嘘をつかなければならない」。

 ここで提示されている心理的機能の離人症的ヴァージョンと虚構化というテーゼ、それどころか嘘をついているというテーゼとの関連に注意しよう。それにまたパラドクスめいたものが働いていることにも注意しよう。つまりわたしたちを惑わして、「わたしたち」が、自我が現実のものであると想定するように仕向けているのは、わたしたちの意識そのものであり、自分の存在をわたしたちが自覚しそれを理解しようとわたしたちが試みていることそのものなのである。


 しかしながら、このことが問題なのではない。「確かに、人生は虚構である」とガザニガは言う。「しかしそれはわたしたちの虚構なのであり、それは心地よく感じられ、わたしたちはそれに責任をもつ。それは、自動的に脳が紡ぎ出すお話に聞き入るときにわたしたちが皆感じる感情である。わたしたちはゾンビのようには感じない。わたしたちは、責任ある意識的な存在のように感じる」。しかし実はそうではないのだ。「インタープリターが、絶えず、わたしたちの行動、感情、思考、夢などの途切れることのないナラティヴを設定しているのである。それは、わたしたちのストーリーを統一化し、全体的で理性的なエージェントであるという感覚を創り出す接着剤のようなものである。それは、個体の本能が詰まったバックに、自分は実際とは違う存在なのだという幻想を持ち込むのである」。

 
 この観点から見ると、換言すれば、意識をもつ自我としての「わたしたち」が自分の運命の少なくとも一部分に責任をもっているというのは見かけだけで、虚構的であるばかりではない。わたしたちは、自分がそうであると思われるものとはまったく別のものなのだ。自己意識とは、かなり厄介なトリックとなり、人生に意味を求めることは、インタープリターの命令により生ずることになるわけだが、それはゲーム以上のものではなくなり、楽しめるが、現実とは何の関係ももたないものとなるのである。

 ガザニガの描く筋は、誰もが認めるように極端なものだ。しかし実のところ、彼が語る際の基本的・哲学的な立場は広く共有されている立場なのである。ここには、記憶の研究による「魂の世俗化」とイアン・ハッキングが呼んだ以上のことが起こっている。わたしたちがいま考察していることは、魂の内奥の言い分の全面的な暴露であり、究極的には、魂の解体なのである。


 ここで注意すべきことは、こうした問題のいくつかは、記憶の失敗や歪曲の意義等に関する現在の研究と多くの共通点を持っている、ということである。D.L.シャクター(D. L. Schachter)が述べた言葉を使うならば、「人間の記憶のアウトプットはインプットとはしばしば――時にはかなり著しく――異なっている。記憶の失敗がありうるのは、情報が時間の経過とともに忘れさられるからというだけではなく、情報が変えられ歪められるからなのである」。彼は急いで付け加えるのだが、このことは、記憶の中にはさほどの正確さが存在しないということを意味するわけではない。なぜなら、それはしばしば存在するからである。それにもかかわらず、シャクターにとって手近な大問題は「記憶が概して正確なのはどのような条件下で、歪曲が起こりやすいのはどのような条件下なのか」なのである。それゆえ、ここで導きの糸となる術語は、「正確さ」と「歪曲」、現実に対応する「真の」記憶と、現実を歪めてしまう「間違った」記憶なのである。ここに含意されていることは明白である。自伝的な回想は、それが無益に回復しようとする「過ぎ去った現在」のうちで、「現実にあった」ことから乖離してしまう限り、必然的に経験を偽造しなければならない、ということなのである。


 シャクターに公平を期して言えば、彼は『記憶を探して(Searching for Memory)』(1996)でこのスタンスを疑問視しているように見える。とりわけデイヴィド・ルービンの研究に依拠しながら、彼は、例えば次のように述べている。「自伝的記憶としてわたしたちが経験するものは、一生を構成する諸々のピリオド、一般的な出来事、具体的なエピソードなどの知識から構成されている。わたしたちがこれらの情報をすべてまとめるとき、わたしたちは自分の一生の物語を語りはじめるのである」。ここで働いているのは嘘や偽造というよりも、総合、歴史的意識に特有の俯瞰的な物の見方である。彼はまた次のようにも述べている。「記憶は真か偽かという二つの状態のうちの一つに存在しているわけではない」。しかし、それにもかかわらず、彼は急いで次のように付け加えるのだ。「重要な仕事は、記憶が現実といかに、どのような仕方で対応しているのかを吟味することである」。では、シャクターによれば現実とは何か。それは、記憶が想いのままに進む前に、そのドッシリした直接性のすべてにおいて存在するもの、でしかありえない。私のここでの目的は、シャクターや、それをいうならガザニガでもいいのだが、それらの人々を非難することではない。実は、現実と虚構、正確さと歪曲といった手頃な術語を使う限り、彼らの問題の立て方は、彼らなりに最善を尽くしていたのだ。しかし、これらの術語は、少なくともこれまで使われてきた限りのものとしては、再考される必要がある。すぐ後で、私はそれを試みるつもりいる。


 いまは、この一連の問題を、関連する方向に進むことによって追求し続けてみたい。アーノルド・ルドウィック(Arnold Ludwig)は自著『自分がだれであるかをわたしたちはどのようにして知るのか(How Do We Know Who We Are? (1997)』の中で次のように述べていた。
  

 「重要な、幼年期の経験を暴露することで成り立つ洞察重視のサイコセラピーの重大な問題の一つは、調査がどれほど徹底していようと、また治療がどれほど長期にわたっていようと、あなたの記憶や想像や夢についての通常の解明を通して歴史的真理に到達するのは不可能とは言わないまでも、困難であるということである。そうである理由は多数ある。一つには、あなたの記憶や知覚はあなたの偏向を支持するように仕向けられているからである。あなたは取捨選択してある種の情報を思い出したり抑止したりするだろうし、あなたの経験の多くは記述不可能であるか、言葉に翻訳するのは困難である。あなたの記憶は、あなたを受け持っているセラピストの理論的立場によって形作られがちだ。それを打ち消すような経験を、あなたは説明に含めないようになりがちだ・・・これらの理由から、あなたが歴史的真理として見なすようになるものが実際に表わしているのは、もっともらしさなのである。このもっともらしさに含まれているのは、あなたの説明がどれほどうまく自分の経験に関係する要素をすべて包括しているか、そしてそれがどれほど首尾一貫しているかということである。


 気づいていただきたいのだが、ここでルドウィックが述べている基本的な状況は、ガザニガやシャクターを通してわたしたちが考察した状況と異なっているわけではないのである。ルドウィックにとって、歴史的真理とは、わたしたちの偏向、わたしたちの取捨選択と防衛の諸行為に先立って存在するものである。さらにそれは、「前解釈的な」レベルにあり、言語と理論化に先立ち、したがって十全な仕方で捉えたり包含するのが困難であり、不可能ですらあるのだ。ドナルド・P・スペンス(Donald P. Spence)が数年前精神分析と歴史的真理を求めようとする精神分析の間違った(とされる)主張に関して述べたことに似て、もうそんなものは捨てて、「もっともらしさ」とルドウィックが呼ぶもの(それは、基本的には、スペンスの物語的真理の考え方のルドウィックなりの捉え方なのである)でやっていくしか選択肢はないと、ルドウィックはわたしたちに語る。実際、はっきりとスペンスに依拠しながら、ルドウィックは続けて次のように述べるのだ。

 
 「サイコセラピーを通して、患者は、真実だが記述し難いもの――つまり、純粋な記憶――と、記述はできるが部分的に真実ではないもの――つまり、隠蔽記憶――との間の葛藤を処理する。選ばれた言葉はイメージを損なって伝えるかもしれないし、翻訳は、それがどれほど優秀であれ、オリジナルにとって代わってしまうのだから、元来の記憶を翻訳しようとする試みは、それを破壊してしまうのである」。


  しかし、このことは嘆き悲しむべきことではない。

  
 「過去の再構成がまったく想像的なものであるときでも、もし患者が、それによって、自分の個人的な諸々の物語のうちに関連性と意義を見出し自分の混沌とした経験を了解するのであれば、それは真理という資格を得たのである。そしてそれは、分析家のような権威ある人物がその物語に承認の印を与えるとき、晴れて真なるものとなり、時には実際の歴史的真理よりも現実的なものとなるのである」。


 
 ここでの問題は、スペンスの研究を特徴づけている問題とまさに同じである。歴史的真理と物語的真理との間に分断、分裂があり、以前私が言及したあの依存関係がある。つまり、物語的真理は虚構的なものの領域であり、歴史的真理は現実的なものの領域で、分析家が何をどれだけ言おうが指一本も触れられない領域である。スペンスが実際言っているように、後者の領域に到達できれば素晴らしいだろうが、そんなことはできないのだから、われわれとしては、それが劣ったものであるとしても、前者の方で我慢しなければならない。それゆえ、望みうるせいぜいのことは、結果として出てくる物語が、歴史的には虚偽であるのは避けがたいものであるにしても、問題となる人物が頑張って続けていける手助けとなることだけなのである。
 




虚構を考え直す(1) [翻訳]

  何回かに分けて、マーク・フリーマン(Mark Freeman)の論文『虚構を考え直し、現実を取り戻す:自伝、物語の時間、真理の重さ(Rethinking the fictive,Reclaiming the Real:Autobiography, Narrative Time,and the Burden of Truth)』の翻訳をアップしていく。





 「 虚構を考え直し、現実を取り戻す:自伝、物語の時間、真理の重さ

                              マーク・フリーマン

     虚構と現実


     私はこの試論を、自伝的な物語に適用されるものとしての虚構と現実の関係についてのかなり強い主張で始めることにしたい。最初の主張は、虚構の概念が、人生の物語の形成に入り込むプロセスを指し示すために使われるとき、 あまりにも狭い――そして疑わしい――現実についての考え方に依拠していることが極めて多く、その結果として、虚構が一段低いものと扱われてしまう(下の身分なるものがあるとしての話だが)ということである。

    第二の主張は、この虚構の概念が依拠している現実の捉え方は少なくとも二つの根本的な理由によって疑わしい、ということである。一つ目の理由は、そうした捉え方が、加工されていない自然そのものと見なされているもの、解釈も構成も欠いているもの、いわゆる「本物(real stuff)」と同等視されているということにある。二つ目の、もっと複雑な理由は、その捉え方が、人間の世界というよりも、ものの世界に相応しい時間の考え方――根本的に言って、時計の時間、線と瞬間と系列からなる時間――に結びついているということである。もう少し単純に言えば、自伝が虚構という身分に追いやられる――単なる虚構、としばしば言われるように――時に通常浮上する現実の捉え方は、私たちの意向から自由だと想像されている現実、時間のなかでただ生起する一系列の事柄であり、私たちが後になって振り返って、そこにある秩序を与えようとするとき偽造してしまうのは避けがたいようなもの、なのである。私は、こうした現実の捉え方を疑問視するつもりである。

    
   三つ目に考えられているのは次のようなものである。 虚構の概念を考えなおすことによって、 現実を取り戻す可能性が開けるばかりでなく――そのことで私が言いたいのは、現実というものにより十全でより包括的な広がりをもつ意味を回復させることなのだが――、人間の領域において真理が何を意味するかについてのより適切な解釈を設定する可能性がひらけてくるのである。


 
      自伝の危険


      「伝記を敵視している人々によれば、あらゆる伝記の致命的な欠陥は」とステファン・ミルハウザー(Stephen Millhauser)が小説『エドウィン・マルハウス』 ( Edwin Mulhouse (1983))で書いているが、「虚構の法則に無力なまま従っていることなのだ。一つ一つの日付、出来事、何気ない発言が、入り組んだ筋立てに貢献し、それらがゆっくりと巧妙に積み重なって予知されたクライマックス、主人公の祝福された行為に至るのだ。実はある者にとっては、自伝というジャンルはすべて「絶望的なまでに虚構的」と見なさざるをえない。「なぜなら、私たちにクエスチョン・マークや抹殺されたパッセージや空白の箇所やアスタリスクの列や省略されたパラグラフやドットが三つ続いてやがて真っ白になる無数のシーケンスを提供する現実とは違って、伝記は完全性の幻想を、全知全能の伝記作家によってディテールが組織され広大なパターンへと作り上げられたものを、提供するからである」。自叙伝の場合は、当然ながら、事情はもっとずっと疑わしい。なぜなら、ミルハウザーが語る全知全能で、全体を俯瞰する事後的な首尾一貫性があるだけでなく、それに加えて、ここでの精査の対象が自分自身であるという単純な事実に結びつく心的な負担があるからなのである。それゆえ、誤った首尾一貫性という問題に加えて、自分に都合の良い思考、防衛、幻想、妄想といった問題があり、そうしたものすべてが自分の物語に忍び込んでくることになる。

 
   自叙伝の試みには、その他に考えられる多くの問題が含まれている。「徐々に」と、たとえばジョアンナ・フィールズ(Joanna Field)は『自分自身の人生( A Life of One's Own (1981))の中で書いている。「私は、もろもろの事実が」――つまり、彼女の自己説明がそこに基づいているところの事実のことだが――「誰もが拾い上げられるようにそこにある別々のものなのではなく、未知なるものの際限のない背景から浮かび上がる変化してやまないパターンであり、それに対する見方に応じて絶えず変化する広大な万華鏡のようなものであることを理解するようになった」。


  また、ある意味では相応しくないような意味を過去にあてがうという問題もある。「私はここで再構成しているのである」と、ミシェル・レリスは『成熟の年齢』で書いている。

 「私自身の回想によって、その後私がどうなったかの観察を加え、こうした後々の要素を、私の記憶が提供するもっと以前の要素と比べながら、私はここで再構成しているのである。こうした方法にはそれなりの危険が伴う。なぜなら、私が、これらの回想が決して持っていなかった意味をその回想に帰して、それらが指し示す現実の出来事が全く欠いていた情緒的な価値をそれらの回想に事後的に負わせていないかどうか――要するに、この過去を誤解を与えるような仕方で復活させていないかどうか、誰にも判らないからだ」。


 いつもは虚構を書く自伝作家に関しては、この手の問題はずっと大きなものとして現れる。例えば、フィリップ・ロスは、「十分劇的でないものを不実にも劇的なものとしたり、本当は単純なものを複雑化したり、さほど意味のないものに意味を負わせたりする衝動――事実が私が想像するものよりも感動的でないときは、事実を捨て去る誘惑に抵抗する」必要性について書いている。同様に、メアリー・マッカーサーは、『あるカトリックの少女時代の回想』(1963)のなかで、実際になかったことを書こうとする誘惑がとても強かった、記憶がぼんやりしていて、ある出来事の実質は思い出せるのに、ディテイル――ドレスの色、カーペットの模様、絵の置き場所など――が思い出せないときは、特に強かった」。事実、彼女は正直に述べている。「ここには半ば虚構的なタッチがある…私は、実際の出来事を、そこから面白い物語を作れるように、アレンジしたのだ。フィクションを書く習慣がある人ならば、この誘惑をのり超えるのは難しい。ほとんど自動的にやってしまうのである」。


  自叙伝を書く際にはまた別の問題が働いている。自分の物語の部分部分が他者に由来する聞き伝えでできているという事実。自伝を書く者がその時々に支配的な文学的なしきたりを使用せざるを得ないという事実。こうしたしきたりが、ジェローム・ブルーナーが述べたように、その時々に支配的な文化的なシナリオや、民衆心理学的な規範(自分の人生を理解しようとするときにそれらを私たちは利用するのだが)から切り離しがたいという事実。それから、当然ながら、各人の人生にかかわる意味深い問題があって、それが加えられる必要がある。たぶん、自伝的物語とは、結局のところ、私たちが分裂していて不均質であることに対する防御反応であり、自分の無目的性に対する、自分の人生には意味など全くないという事実に対する気休めなのである。等々、等々。


 ヘイゼル・バーンズ(Hazel Barnes)は今挙げた問題の多くを自著『私が自分に語る物語』(The Story I Tell Myself (1997))で見事に要約している。


 「自分の人生について書くという私の努力は、自伝とはどの程度まで必然的に小説なのかについての理論的意識を痛いほど確証してくれた。言葉は明らかにするときでも歪曲する、ということだけではないし、経験されたものは語られたものと同じであることは決してないということだけでもない。誠実さの問題、記憶の信頼性、他者の感情に対する配慮は、私が想像していたよりもはるかに複雑なものであった。文脈が別だったら全く文学的なことで済んだ取捨選択の問題がより一層切実な問題となった。自我を形成するときにとても重要なものとしてこれらの要因を選別することは、自我をそうして提示されたものとして形どることである。私が主張できるせいぜいのことは、ここで描かれた虚構の登場人物は、少なくとも私の目には、私が反省的な目に見えたものの真の反映であるということであり、このことを私は断言する」。


 バーンズにとって、このプロセス全体は「痛み」を伴うものであったが、それでも相変わらず「真の反映」ということが語られている。自分自身について書くというプロセスの本質である避けがたい虚構化の只中でも、なぜか、ある種の真理に到達できる可能性は依然として存在していると彼女は言いたいようである。しかし、この可能性こそ、現代の理論家の多くが拒否したものなのである。 」
             

戦争についてのノート [翻訳]

戦争について  
Brian D. Orend, in stanford encyclopedia of philosophy

定義:戦争とは、政治的共同体の間でなされる、現実の、意図的で、広範囲にわたる武力衝突である。War is an actual, intentional and widespread armed conflict between political communities.

戦争と平和についての倫理には三つの伝統がある。
1. 正戦論(just war theory):Augustine, Aquinas, Grotius 以来の伝統。今日の国際        法に結実。武力の行使に訴えても倫理的に正しいと言えるのは、いかなる条件が充たされている場合かを探る。
2. リアリズム(Realism):戦争を倫理的な観点から見ることに否定的。
3. 平和主義 (Pacifism):戦争を倫理的に見るという点で正戦論に一致するが、いかなる戦争も許容しないという点で、正戦論と対立する。

1. 正戦論
 正戦論は三つの部分から成る。
a) 「戦争に向けての正義」「戦争(を開始するため)の正当な理由」(jus ad bellum, which concerns the justice of resorting to war in the first place)。
b) 「戦時下での正義」( jus in bello, which concerns the justice of conduct within war, after it has begun)。
c) 「戦争終結における正義」( jus post bellum, which concerns the justice of peace agreements and the termination phase of war).

a) 「戦争に向けての正義」(jus ad bellum):国家の長が従うべき原則
以下の原則にそむいた場合、国家の長は「戦争犯罪」を犯したとされる。戦争が正当化されるためには、つぎの六つの条件が充たされなければならない、と正戦論は主張する。
ⅰ)正当な理由(Just cause)
国家は、正当な理由がある場合にのみ戦争という手段に訴えることができる。正当な理由としてしばしば引き合いに出されるのは、外的な攻撃からの自衛、無実の人々の保護、悪行に対する懲罰等である。
ⅱ)適切な権威と宣戦布告の周知徹底(Proper authority and public declaration)
戦争執行機関が合法的権威であり、その決定が(自国民および敵に対して)周知されること。
ⅲ)正しい意図(Right intention)
戦争に訴える動機が道徳的に正しくなくてはならない。権力や国土の奪取といった裏側の理由や、復讐や民族的憎悪といった理不尽な理由は排除される。
ⅳ)最後の手段(Last Resort)
紛争を解決するための平和的な手段をすべて使い尽くした場合にのみ、国家は戦争に訴えることができる。
ⅴ)勝利への合理的見込み(Probability of Success)
戦争に訴えることが状況の改善につながると予測できない限り、国家は戦争に訴えてはならない。
ⅵ)結果の善が戦争という手段の悪にまさる((Macro-) Proportionality)
得られる恩恵が損失を上回ると予想される場合にのみ、国家は戦争を遂行できる。

ⅰ)~ⅲ)は、正戦の義務論的な条件、ⅳ)~ⅵ)はその帰結に関する条件。

b)「戦時下での正義」( jus in bello):戦闘員に対する要求事項
ⅰ)戦闘員と非戦闘員の区別。
ⅱ)求められる目的に応じた手段を用いなければならない。大量破壊兵器の禁止。
ⅲ)それ自体悪しき手段の禁止。集団レイプ、民族浄化、捕虜の拷問、生物・化学兵器などの、手におえないような結果をもたらす兵器の禁止。

c)「戦争終結における正義」( jus post bellum)

2.リアリズム

3. 平和主義

 平和主義(pacifism)= 反-戦争-主義(anti - war - ism)。
平和主義者によれば、戦争に訴えかけることを正当化する倫理的根拠はまったくない。戦争は、常に、悪いのである。
 正戦論者(またはリアリスト)に言わせれば、これは、自己の倫理的純粋性のために手を汚すことを拒む‘clean hands policy’。平和論者は、市民としての利益をすべて享受しておきながら、そのすべての重荷を共有しているわけではないという点で、「ただ乗り(free-rider)」ということになる。(←おそらく単純すぎる)。
 また、市民の非暴力的な不服従の運動を、外交的・経済的制裁と組み合わせれば、戦争に頼る必要はないという平和主義に対して、「世間知らず」という反論 がある( Waltzer, Rawls)。不服従の運動の実効性は侵略者の良心次第であるし、外交・経済の制裁が、さらなる侵略の口実になるかもしれない(ナチスの場合)。(← まだ狭すぎる批判)。
 考慮すべき平和主義にも二種類ある。
1) 戦争から得られる利益が、戦争を遂行するコストを上回るべきではないと主張する               
   帰結主義的な形態の平和主義(consequentialist form of pacifism= CP)。
2) 戦争という活動そのものが本質的に間違いであると説く義務論的な形態の平和主義(deontological form of pacifism= DP)。
DPタイプの平和論者が戦争によって侵害されると考えるものは何か。
・ 他の人間を殺してはならないという義務。(反論は容易)。
・ 罪のない人間を殺してはならないという義務。正戦論もそう主張しているのだが、事実上罪のない人間を巻き込まない戦争というものはありえないのだから、これまでもまたこれからも「正しい戦争」はありえない(Holmes, R. On War and Morality. Princeton, NJ: Princeton University Press, 1989)。

正戦論が、平和主義に対してよくもちだすのが、もともとトマス・アキナスが考案した「二重結果説(doctrine of dobble effect=DDE)」。
ある人(=X)が、ある行為(=T)をしようと考えているが、その行為は、良い(道徳的、正しい)結果(=J)と、悪い(反道徳的、不正な)結果(=U)を同時に引き起こすだろう、とXは予想している。DDEによると、XがTをすることが許されるのは、
1) Tは、ある結果をもたらすという点以外には、なんら問題はない。
2) XはJだけを意図しているのであって、Uを意図しているのではない。
3) Uは、Jに対する手段ではない。
4) Jの「良さ」は、Uの「悪さ」よりも大きい。
Xをある国家(相手国をY)、Tを戦争、Jを戦争によって死傷する罪のない人々とすれば、
正戦論は次のように説く。

Xが防衛戦争に乗り出していいのは、次ぎの条件が充たされるときである。
ⅰ) Xが、戦闘行為の結果生ずる民間の死傷者を意図しているわけではなく、ただ自衛を目指しているだけである。
ⅱ)その死傷者は、Xの目的が達成される手段ではない。
ⅲ)Xが、Yの攻撃から自国と自国民を守ることの意義は、民間の死傷者が出ることの不都合よりも大きい。  

Arendt on Descartes [翻訳]

2009年6月26日
アレント on デカルト
ハンナ・アレント:『精神の生活 第一部 思考』P.56-60

  …デカルトは、人間の認識および知覚の器官に対するきわめて近代的な懐疑によって、レス・コギタンス(res cogitans、思考するもの)の性質として、古代人にまったく未知のものではなかったが、デカルトの時代になって初めて卓越した重要性を持つようになったいくつかの特徴を、彼以前の誰よりも明確に定義した。なかでもきわたっているのは自己充足、すなわち、この自我は「場所も必要としないし、なんらかの物体的なものにも依存しない」ということであった。第二に挙げられるのは、世界欠如、すなわち、自己洞察において、「私の状態を注意して吟味しながら」(examinant avec  attention ce que j’etais)、容易に「自分は肉体を持っておらず、自分がかつていた世界も場所もなかったかのように仮想する (feindre que je n’avais aucun corps et qu'il n'y avait aucun monde ni  aucun lieu ou je fusse)ことができるということであった。

 たしかにこういう発見の、いや、再発見のどれも、それ自体は、デカルトにとって大きな重要性を持ったものではなかった。彼が主に関心を寄せていたのは、疑いの余地なく、感覚知覚の錯覚を受け付けないような現実性をもったもの―ー思考する自我、彼の用語でいえば、la chose pensante{思考するもの〕――を見いだすことであった。全能の“欺く神”(Dieu  trompeur)の力をもってしても、すべての感覚経験から退きこもってしまった意識の持つ確実性を打ち砕くことはできないだろう、ということである。与えられたものはどれも幻想や夢であるかもしれないが、夢を見る人そのものは、夢の現実性を求めないことに同意するだけでも、現実に存在してなければならない。したがって、「私は考える、だから私は存在する」(Je pense.donc ie suis)°。一方では、思考する活動そのもの経験は大変に強烈なものであるし、他方で、新しい科学が「動く土」(la terre mouvante' 我々が立っているその場の流砂)を発見した後にも、確実性と持続する永続性を見いだそうという欲求は激しいものである。だから、デカルトにとっては、″思考作用″(cogitatio)や活動する自我の意識が、意識対象の現実性についての信念をすべて停止してしまい、もし実際に砂漠で生まれて身体もなければ「物質」もなく仲間もいなくて、自分が見たものは仲間も見ているとはっきり仲間が言ってくれるということがなかったならば、自分自身の現実性を自分に対して説得することも出来なかっただろう、などとは思いもよらないことであった。デカルトのレス・コギタンス〔思考するもの〕というこの仮構物は、身体も感覚もなくて孤独なものであるから、現実性というものがあるということ、また、現実のものと非現実のものとの区別や、覚醒した生活の共通な世界と夢の私的な非世界との区別がありうることを、知ることさえできないだろう。

・・・世界および自分自身が現実に存在していることに疑念を抱くようになるのはまさしく思考の活動――思考する自我の経験――なのである。思考の働きは、どのような現実的なものであっても、すなわち、事件であれ対象であれ、自分の思想であれ、それらをつかまえて捉えることはできる。しかし、それらが現実的であるということ{realness}だけは、どうしても思考の手が届かない唯一の一つの性質である。″ 私は考える、だから私は存在する″(cogito、ergo sum)が間違いであるのは、ニーチェが言ったように、″私は考える″(cogito)ということからはただ″思考作用″(cogitations)が実際に存在することが推論されるだけだ、という意味だけではない。″私は考える″ (cogito)は、″私は存在する″(sum)と同じ懐疑にさらされるのである。〈私は存在する〉は〈私は考える〉に前提されているからである。思考はこの前提を把握することはできるが、それを証明することも反証することもできない。(カントのデカルトヘの以下の反論もまったく正当なものである。「私は存在しない」という思考は「存在し得ない。というのは、もし私が存在しなかったら、私が存在しないということに気付くことができないということになってしまうからだ」。現実性は導出できるものではない。思考や反省は、それを受け入れるか拒絶するかしかできない。“欺く神”(Dieu trompeur)の観念から出発しているデカルトの懐疑は、洗練されヴェールを被った形での拒絶にすぎない。・・・・

現象するものはどれも〈私にはこう見える〉という仕方で知覚されるのだから、誤謬や錯覚の可能性があるのだが、現象そのものには、現実的であること{realness}をアプリオリに示すようなものがある。すべての感覚経験には、通常、はっきりとしたものではないにせよ、付随的な、現実性という感覚が伴っている。しかしながら、これは孤立化された感覚やものの脈絡からはずれた感覚対象によっては生みだされるものでない。

 私が知覚するものが現実的であるということは、一方では、私と同じように知覚する他人がいるこの世界と、この知覚されたものがつながっているということによって保証されるのである。もう一方では、私の五官の協働によっても保証される。トマス・アクィナス以来、共通感覚、センスス・コムニス(sensus communis)と呼ばれているものは、一種の第六官であって五官をとりまとめ、私が見たり、触れたり、味わったり、匂いを嗅ぎ、聞いたりするのが同じ対象にたいしてだということを保証するために必要なのである。それは「五官の対象すべてに拡がっていく一能力である」。同じ感官でありながら、身体器官としては場所を特定できないから神秘的なこの「第六官」が、厳密な意味では私の私的な五官-非常に私的なものなので、その感覚作用の質や程度を他人に伝えることができないーを他人と共有できるような共通世界に合わせていくのである。〈私にはこう見える〉という主観的な性格が矯正されていくのは、現れる仕方が異なっているにしても同じ対象が他人にも現象するという事実があるからである。(人間たちが同じ種族に属するものだと確信するのは、身体的な見かけが類似しているからというよりも世界が間主観的であることによる。個々の対象は各個人に異なった様相で現れるが、現れる脈絡は種族すべてに同一である。この意味で、どの動物種も自分固有の世界に生きており、個としての動物は自分の身体的特徴を仲間のものと比較しなくても、仲間を仲間として認識するのである。)誤謬と仮象に満ちた現象の世界では、たしかに現実であると保証されるのは以下の三重の共通点があるときである。すなわち、相互にまったく異なっている五官が同じ対象を共有していること、同じ種のメンバーが、どの個物にもそれ特有の意味を与える脈絡を共有していること、そして、感覚を持った別のあらゆる存在者が、この対象をまったく異なった視点から見ても、この対象が同じであるという点について同意すること、である。この三重の共通性から現実性の感覚が生じてくる。・・・

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